一度目の中央出兵時いおける、金沢返しを不服とする「前田利政」。
二度目は出兵を拒み、家康に所領没収されることになる。
その説として、以下が挙げられる。

・妻が西軍(石田方)に人質にとられている
・父、利家の遺言(前田家は、秀頼を補佐する)を通したい
・本心は西軍(石田方)に加担したい
・前回の中央出兵時の無意味さに、不満を抱いた。
・西軍勝利時の保険として、前田家存続の手段
など

所領没収後、京に上り文化人としての生活を送る。
武人から文化人へ転進し、情報収集も兼ね活躍したと思われる。
加賀百万石の「伝統文化」、「伝統工芸」。
現在の百万石文化において、最大功労者といっても過言ではないだろう。

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