金沢城は加賀平野に突き出した小立野台地に位置し、北に女川こと浅野川、南には男川こと犀川が流れ天然の要害となしている。

ここ犀川の南、寺町。

前田家が金沢へ入城後、犀川とともに南の要害とした寺院群が存在し、町名「寺町」たる所以である。

寺町寺院群は町区画整備にて寺院を集めたほか、南方面防備の役割を果たしていると伝えられる、が?

利家が金沢へ入る前の所領、能登七尾も同じような方法がとられている。

いざという時には寺院が砦の役割を果たすというものである。

そして、それを証明する代表的なものが、この妙立寺であり、高度なからくり建築から通称、忍者寺と呼ばれている。

忍者寺(妙立寺・みょうりゅうじ)[金沢市野町1-2-12]

④金沢城下町の形成~忘れ得ぬ守護神「長続連」★長町武家屋敷跡


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