日本最古の「大神神社」と「三輪明神」
大神神社(おおみわじんじゃ)は、出雲族系が崇敬する日本で最も古い神社として知られる。
古事記、日本書紀ともに、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に三輪山に祀まつられることを望んだ記される。
三輪山を神体とする大神神社(奈良県桜井市)は、大物主大神を主祭神とし、大己貴神 (おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)が配神として存在する。
神体を三輪山とするため、本殿が存在しないが、頂上の磐座いわくらに大物主大神、中腹の磐座いわくらには大己貴神、麓の磐座いわくらには少彦名神鎮しずまる。
また大神神社は、三ツ鳥居と共に、三輪の神杉で造られた杉玉が酒造りのシンボルとして酒屋の軒先に飾られるのは有名である。
中条の津幡「三輪神社」
津幡町北中条の三輪神社(石川県河北郡津幡町字北中条)の祭神は、大物主命、菊理媛神、経津主命、武甕槌神、天児屋根命、比売神、倉稲魂命と八神を祀る。
836年、第54代仁明天皇の頃に三輪神社として誕生するが、その後、日吉神社から再び三輪神社となる。
もともと井上郷十七村の総社として仰がれたのち,前田利常夫人「天徳院」が慶長18年に社殿を建立。
隣接する浅田には、井上三輪神社が存在するが、隣の部落に「三輪神社」が存在するのは珍しく謎である。
三輪神社の入口は、潟端の加賀神社と同様に、旧北陸道から入る。
旧北陸道からの正面鳥居 旧北陸道から三輪神社を望む
旧北陸道の脇道となる県道215号線
現在の県道215号線は、旧北陸道の脇道にあたる。
倶利伽羅峠から旧北国街道をそれて進むこの道は、倶利伽羅峠の戦いにて勝利した木曽義仲が進んだルートとして知られる。
浅田から井上三輪神社、三輪神社、北中条の王城、八幡神社を経由し金沢市の利屋町にある利屋日吉神社へと続く。
今では線路が通り山側と町側が分断された形となっているが、その昔は、中条として一体となっていたかと想像すると脇道である。
ちなみに八幡神社の桜は、早く咲く。
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