越中「白鳥城 」 の出城として機能した富山『安田城 』

富山県の越中安田城は、1585年(天正13)、豊臣秀吉の越中「佐々成政」征伐における「富山の役」の際、富山城牽制を目的に築城した出城である。
豊臣軍の前衛本陣「白鳥城」を拠点に、安田城、大峪城が富山城に圧をかけた。
安田城(富山県富山市婦中町安田)は、城の東側を流れる井田川から水を引き込み周囲に小規模であるが堀が築かれたが、富山の役の後は、ほとんど出城としての利用価値はなくなり廃城となった。

安田城、白鳥城は、「越飛戦国物語・第4章~孤立無援!秀吉、富山城包囲網」にて登場します。

④孤立無援!秀吉、富山城包囲網★白鳥城(富山県富山市城山)

安田城跡と富山『安田城跡資料館』

富山『安田城』は、出城としての機能を備える小規模な縄張りである事が伺える。
実際の発掘調査で本丸、二の丸、堀などが確認され、「安田古城之図」とも一致したことから1981年に国史跡に指定された。
安田城跡には、短刀、鉄釘、かわらけなど出土されたことから、本当にこの平地に出城が築かれていたと思うと面白い。
特に、出土品の9割であったという「かわらけ」(お酒を飲む杯)には、瀬戸内「村上水軍」の基地を思い出した。
また、小規模であるが聚楽第型城郭の特徴を持ったとされる安田城跡は、やはり、前田利家が噛んでいたことをうかがわせる。
安田城跡に関する資料は、併設する『安田城跡資料館』には、秀吉、成政について詳しく展示されている。

安田城跡資料館

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