雄山神社と前立社壇(まえだてしゃでん)の歴史

霊峰立山を神の山とする雄山神社。
霊峰立山を神山と仰ぎ、雄山神社は、「立山頂上峰本社」「芦峅中宮祈願殿」「岩峅前立社壇」の三社殿から成り立つ。
立山頂上峰本社は、北アルプス立山の主峰雄山の岩頭に鎮座し、山麓芦峅寺(富山県中新川郡立山町芦峅寺)に鎮座する。
そして、前立社壇(まえだてしゃでん)富山県中新川郡立山町岩峅寺は、岩峅寺(いわくらじ)にあり、立山の前に立つ社であることから「前立社壇」と呼ばれる。
立山登拝の際には、麓である「岩峅前立社壇」にて身の穢れや罪を祓いスタートする。
戦国期における「越中の役」では、芦峅寺が焼き払われたことから、この奥深い地にも豊臣方の手が伸びたことが想像できる。

[御祭神]

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、立山大権現雄山神、本地(阿弥陀如来)
天手力雄神(あめのたぢからおのかみ)、刀尾天神剱岳神、本地(不動明王)

立山アルペン村にも近く

真冬になると、立山アルペン村からさらに上った先には、サルが姿を現す時があります。
くれぐれも、餌を与えないように。
猿はサルで頑張ってますから・・

立山アルペン村近くに姿を現すサル

秀吉の佐々成政征伐「越中の陣」

「越中の陣」における秀吉の越中征伐の時に、芦峅寺が焼き払われたなど、秀吉が富山に着た史実が存在する。
石川県の津幡「倶利伽羅」から越中入りした秀吉は、富山城の西に築いた「白鳥城」に入る。
富山の陣を舞台とした「越飛戦国物語」第4章・孤立無援!秀吉、富山城包囲網をお楽しみください。

④孤立無援!秀吉、富山城包囲網★白鳥城(富山県富山市城山)


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