天正十三年八月、豊臣方の武将「金森長近」が越前大野を発った。
その数三千。
〈成政も無謀な事を・・〉
長近の心中も複雑であった。
それもそのはず、かつては共に信長に仕え、秀吉より格上の身であった。
それが今では、立場が入れ替わり、秀吉の下に甘んじている。
実力主義とはいえ、心中耐えがたいものがある。
金森勢が白川を経由し、飛騨国へ入った。
まずは、白川を治める内ヶ嶋氏理を攻める手筈である。
内ヶ嶋家の本城は帰雲城であり、支城として荻町城、向牧戸城が存在する。
主の氏理は、佐々成政の命を受け、越中遠征のため白川を留守にしていた。
そのため、氏理家臣である荻町城主の山下氏勝、向牧戸城主の川尻氏信は迷った。
特に向牧戸城主、氏信はこの時、主のいない帰雲城に入っており、向牧戸城を留守にしている。
既に金森勢は向牧戸城攻めに入っていたが、向牧戸城は堅城である。
〈暫く様子をみよう〉
氏信は堅城、向牧戸城に賭けた。
一方、金森勢は猛攻撃をかけるがなかなか城は落ちない。
やむを得ず、策を弄した。
そして、再攻撃をかける。
長近が弄した策がはまり、城方の裏切りにより戦局が大きく動いた。
長近は内部工作を仕掛けていたのである。

〈もはや、これまでか・・・〉
向牧戸城留守居役が小姓に指示する。
「よいな。手筈どおり致せ」
「かしこまりました」
小姓達は、即走り出す。
あらかじめ城主氏信が城が落ちる最悪の事態を想定し、指示を与えておいたのであった。
ここ堅城である「向牧戸城」に内ヶ嶋家は財の大半を蓄えていた。
そして、財宝を埋めた数刻後、城が真っ赤に燃え上がる。
向牧戸城、落城。
その後、荻町城、帰雲城の両城も戦わず開城することになる。

内ヶ嶋氏理の本城「帰雲城」岐阜県大野郡白川村保木脇

②飛騨の支配者!三木自綱★松倉城(岐阜県高山市)


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