津幡「白鳥神社」と木曽義仲の因果

仲哀天皇の時代、津幡に白鳥が舞い降りたのを捕らえて天皇に差し出した。
天皇は、「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の魂が白鳥となって飛び去った」という話を思い出し、「この地は、尊の魂のおとどまりになったところと」考えたことから、この地に尊を祀られた。
これが、石川県津幡町の「白鳥神社」の由来である。
日本武尊を祭神とし雨乞(あまごい)の霊験で知られ、祈雨祭(きうさい)で有名な津幡の白鳥神社(シラトリジンジャ)であるが、木曽義仲の因果も。
井上の総社だったという白鳥神社は、倶利伽羅峠の戦いなど源氏に加勢した「井家二郎範方」の本貫地だったと伝わる。
源平合戦の折、木曽義仲率いる源氏軍が挙兵したのも、長野県「白鳥神社」を前にした千曲川原(白鳥河原)であった。
津幡になじみの深い木曽義仲と白鳥神社。
その足取りを辿るのも一興である。

津幡町「白鳥神社」

長野県の「白鳥神社」と海野氏

長野県「白鳥神社」の創建は、奈良から平安にかけてと伝わる。
大鳥神社(おおとりじんじゃ)との関連が強い白鳥神社の祭神は、日本武尊である。
伊吹山の神退治に出かけた日本武尊は、病に冒され能煩野(のぼの)でこの世を去る。
そして、白い鳥となって飛び去った。
その後、舞い降りて白鳥神社として祀られたと伝わる。
長野県の白鳥神社は、本海野の地にあり、真田氏の祖「滋野一族である海野氏」の氏神として祀られた。

長野県千曲川

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