白山信仰の聖地「平泉寺白山神社」

727年(養老元)、泰澄によって開かれたと伝えられる白山信仰の聖地「平泉寺」(福井県勝山市平泉寺町平泉寺)。
明治時代までは「霊応山平泉寺」であったが、神仏分離から平泉寺白山神社となった。
白山信仰としての歴史を残す平泉寺であるが、僧兵による戦いの歴史も多々存在する。
源平時代には、平家軍による越前の在地反乱勢力鎮圧戦の徳である。
勢越中火打城の戦い[燧ケ城ともいう](福井県南越前町)にて、平泉寺の「長吏斎明」の裏切りにより平家軍に敗れた。
斎明は、後の倶利伽羅峠の戦い(石川県津幡町と富山県小矢部市)時に木曽義仲により処刑されている。
また、源頼朝に追われた源義経主従が、小松の安宅の関を通過する前に平泉寺に立ち寄ったなどの伝説も残る。

福井「平泉寺 」の御手洗池(みたらしいけ)

泰澄大師が白山への道中に発見した泉。
そこに現れた女神に、白山へと登るようお告げを受けたと伝えられる。
運が良ければ、神秘的な池に映る夕日を収めることが出来るかもしれません。

パワースポット平泉寺の御手洗池

戦国末期における平泉寺の歴史

朝倉義景の自害にて朝倉家が滅亡。
その後は、織田領となった越前国であったが、1574年(天正2)、一揆勢の総帥「本願寺顕如」は、義景を裏切った従妹の大野亥山城主「朝倉景鏡」を支援する平泉寺を攻撃。
平泉寺を落とした一向宗は勝鬨を挙げ、後に「かちやま」から「勝山」と呼ばれるようになる。
勝山市と平泉寺の歴史は、「白山平泉寺歴史探遊館まほろば」でお楽しみになれます。


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