村岡山城から平泉寺を攻撃 する一向一揆

一乗谷が炎上し、朝倉義景の自刃後、織田領となった越前国。
北陸に全勢力をかけられない信長は、一旦中央へ兵力を戻すことになる。
その機を、一向宗の頭「本願寺」は見逃さなかった。
早速、本願寺顕如は一向宗に朝倉景鏡追討の触れを回す。
景鏡は、義影裏切の以前より友好関係にある平泉寺に逃げ込んだ。
一向宗は、村岡山(むろこやま)に城を構え平泉寺を牽制する。
景鏡は、目障りである村岡山城に攻め掛けるが、手薄の平泉寺が陥落する。
死を覚悟した景鏡は、一向宗の中に斬り込むが討死。
平泉寺を落とし、景鏡を討ち取った一向宗は勝鬨を挙げた。
それが「かちやま」後の「勝山」となる。

平泉寺(福井県勝山市平泉寺町平泉寺)

福井県勝山市の観光スポット『勝山城博物館』

村岡山城(もろこやまじょう)は、1574年(天正2)、地元一向一揆勢力である七山家(ななやまが)よって築かれた。
村岡山城がある山頂からの眺めは絶景で、恐竜博物館や勝山市内を一望で出来ます。
また恐竜の町として知られる勝山市ですが、平泉寺や勝山城、勝山城博物館が歴史スポットです。

勝山城の天守台が存在した史実があるが天守そもものが造営されることはなかった。
その天守台を再現すべく勝山出身実業家の想いにより建てられたのが『勝山城博物館』である。
当然、再現とはいっても正式には、復元ではない。
(もし本当であれば、すごい規模の天守となり、徳川幕府が許すはずがない天守である。)
しかし、館内の展示は充実しており、十分楽しめる。
本当の勝山城(勝山城跡=現在の勝山市役所跡)と、勝山城博物館を間違わないように。

勝山城博物館 (福井県勝山市平泉寺町平泉寺85-26-1)


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