金森長近の新居城「飛騨高山城」

金森長近が、天守の位置など多少異なるものの、三木自綱時代の「天神山城」を改築し飛騨「高山城」を築城。
1585年(天正13)、豊臣秀吉の越中「佐々成政」征伐において、長近は、秀吉の命に従い越前大野から飛騨国へ侵攻を開始した。
内ヶ島氏理の帰雲城を攻略した金森軍は、飛騨高山へ進軍し三木自綱を討ち取り佐々成政の後方を攪乱に成功。
成政が降伏し「富山の役」が終わると、長近は、秀吉から転封の命を受け飛騨三万三千石を有する大名となる。
間もなく「天神山城」を改築し「高山城」を新築した。

越前大野と飛騨高山は、城も、城下町も何処となく似てる。

信長から秀吉へ、金森長近の憂鬱

織田信長に仕えた金森長近は、桶狭間の戦いの功にて信長から「長」の一字を賜わり、また、赤母衣衆に名を連ねるなど信長の元で活躍をする。
しかし、本能寺の変にて信長がこの世を去り、代わって羽柴秀吉が台頭。
もともと織田政権においては、格下の身であった秀吉に膝を屈した長近の気持ちは、いかばかりであったか。
佐々成政同様、長近の憂鬱が伝わってくる。

高山の町並み

金森長近像

現在の高山城は、城祉公園に駐車し、そこから歩いて20分程度上る。
城址公園には金森長近像があり、知的な印象な越前大野の像とは異なり騎馬像で凛々しい。

金森長近騎馬像


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