江馬氏内紛と川中島の戦い

1564年(永禄7)武田信玄が、越中侵攻のため北飛騨の江馬時盛に「神岡城」築城を命じたとある。
当時、甲斐の虎「武田信玄」と越後の龍「上杉謙信」の争いが続く中、江馬氏も内紛が勃発中であった。
武田は、江馬時盛を支援。
そして上杉は、江馬輝盛を支援する。
越中侵攻も視野に入れた信玄は、時盛に「神岡城」の築城を命じ、それらを阻止したい謙信は、川中島に出陣し「第5回川中島の戦い」が始まった。
川中島の戦いの前における神岡城には、武田24将の一人「山県昌景」が援軍として駆けつけたとされる。
最終的には、勇将「山県昌景」の援軍もあり江馬時盛が勝利し、輝盛も武田方配下として江馬氏内紛も終結となる。

桜の名所としても 有名な「神岡城」

お花見の名所「神岡城」

川中島の戦いに関連、また、あの山県昌景が訪れたとして驚きの神岡城であるが、桜の名所としても有名です。
敷地内には、高原郷土館もあり神岡の町並みを見渡せるスポットとなっております。
富山の役においても金森長近の飛騨侵攻に登場する神岡城ですが、江馬氏館跡とともに一度訪れたい地であります。


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