竹内文書とスメラミコト

神武天皇よりはるか昔、スメラミコト(天皇の祖)が地球に降り立ったころからの、世界最古の歴史を記録した謎であり、噂の書「竹内文書」。
そこに登場するのが、皇祖皇太神宮である。
一説では、「イエスキリスト」、「釈迦」、「マホメット」、などがスメラミコトに会うために日本に来たと伝えられる。
青森の「キリスト伝説」、宝達山の「モーゼの墓」などは、それらの裏付けとなるのではないか?

呉羽山(御皇城山)に 皇祖皇太神宮あり

上古十代の高皇産霊身光天津日嗣天皇(タカミムスビ)の時、天神人祖一神宮(あまつかみくにつかみはじめたましいたまや)を富山に移し、皇祖皇太神宮と名付けた。
現在は、県道59号線の県立富山総合支援学校の裏手から少々歩いて登る。
独特の参拝方法「四度拝八平手一度拝」と組手で参拝。
敷地内には、歴代天皇(あめのすめら)、そして呉羽山(御皇城山)に移るまでの経緯及び、いわれの看板がある。
だれもが人間そして、日本の始まりに興味を示す。
今後は、アカデミックばかりではなく、この皇祖皇太神宮そして、竹内文書などを含め古史古伝にも目を向けるべきではないか?

本殿で四度拝八平手一度拝

県道59号線にて富山総合支援学校への入口付近( 金屋 )に「皇祖皇太神宮」の大きな看板があります。


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