1.手取川戦国物語・第二章

天正五年秋。
能登より、“七尾城危うし”の急報が柴田勝家の元へ届いた。

“七尾城、危うし”
柴田勝家率いる織田軍が、能登七尾城へ急ぐ。
その行く先には、暴れ川と呼ばれた「手取川」が立ち塞がる。
そして、この川を渡る事は、上杉軍と対峙する事を意味した。
しかし、迷っても始まらない。
しかも、兵力では、上杉軍の数倍の軍勢を引き連れており、優勢な状況は、変わらない。
だが、諸将の表情は重かった。
「全軍、手取川を渡る!!!」

勝家の号令一下、織田軍本隊は、川を渡り始めた。
余りの大軍であるため、流石の上杉軍も本格的に阻止しない。
数刻掛け川を渡り、陣を引いた直後であった。
「七尾城、落城・・・」
七尾城落城の知らせが届いた。
「なに!!!」
「して、上杉本隊は」
物見によると上杉本隊は、既に、松任城に急行中であった。
松任から勝家本陣までの距離は、2、3町程度しかない。
〈まずい・・・〉
あまりにも速い上杉軍の動きに勝家は動揺を隠せなかった。

第3章:上杉南下、松任城へ続く

手取扇状地のジオラマなどが展示されている「白山市立博物館」

[白山市立博物館]
所在地 :石川県白山市西新町168-1
最寄り駅:松任駅[出口]徒歩6分

なぜ七尾城落城は衝撃だったのか

能登「七尾城」は、能登畠山氏の本拠として知られた名城であり、険しい山上に築かれた難攻不落の山城であった。
現在では、日本五大山城の一つにも数えられている。
毎年9月には「七尾城祭り」が解されるが、一度登ってみると、能登にこれだけ壮大な城が存在していたのかと驚かされるばかりである。
特に七尾城は、能登一帯を支配する重要拠点であり、この城を失うことは、能登支配そのものを失うことを意味した。
そのため、織田方にとっても、七尾城救援は最重要任務の一つであった。
しかし、上杉謙信率いる上杉軍は、圧倒的な速さで七尾城を攻略。
織田軍が手取川を渡っている最中には、既に勝負は決していたのである。
この七尾城落城によって、柴田勝家率いる織田軍は作戦変更を余儀なくされ、後の「手取川の戦い」へ繋がっていくことになる。
ちなみに、加賀と能登の丁度中間には「能登末森城」が存在し、この2城を確保することは、すなわち能登を支配するに等しい。


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