朝倉家の歴史。
平安より山陰方面(但馬国)にて居を構えていたが、南北朝争乱期に入り、足利(斯波)高経に従い越前へ入る。
甲斐氏、織田氏に次ぐ斯波氏の宿老として力を蓄えた朝倉家は、応仁の乱に乗じ、一乗谷を拠点として越前支配に乗り出す。
そして戦国期に入り戦国朝倉家、初代の孝影の代から越前国の押しも押されもせぬ支配者となる。
しかし、朝倉家五代当主義影の代に入り、日本は室町幕府という大きな柱が崩れ始めていた。
それまでの越前は京からも近く、治安も安定しており、荒れはじめた京より流れくる文化人で溢れ返る程に賑わった。
そこに、静かにて治まる国「越前」に運命を変える人物が流れ着く。

一乗谷朝倉氏遺跡

越前プロローグ③ | 一向宗


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