剃髪し、秀吉に降伏した成政は、お伽衆として大坂城に出仕する。
その後、秀吉の九州征伐に従軍。
その手柄により、肥後国に所領が拝領され国持ち大名へ復帰。
しかし、九州の地は余所者には扱いにくい。
案の定、国人一揆が勃発するが、一揆弾圧に失敗する。
その失敗を秀吉に追及され、遂に切腹の沙汰がくだる。

天正一六年(1588)、摂津尼崎の法園寺で切腹。

辞世
「このごろの 厄妄想を 入れ置きし
鉄鉢袋 今破るなり」


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です