藤原一族の歴史「春日大社」
(1)春日大社とは?
全国に約3千存在する「春日神社」の総本社『春日大社(かすがたいしゃ)』は、”日本の国の繁栄と国民の幸せを願い七六八年(神護景雲2年)に藤原氏により創建。
創建に関する真相は、藤原永手(ふじわらのながて)によるものと、藤原不比等(ふじわらのふひと)によるもの等、複数の説が存在するが、
いずれにしても藤原氏が、藤原氏の氏神である鹿島神「武甕槌神(たけみかずち)」遷(うつ)して祀ったのが始まりである。
「興福寺(こうふくじ)」と共に奈良・飛鳥を語るには欠かせない重要スポットとして、大勢の観光客が押し寄せる。

(2)主祭神である4柱
①武甕槌神(たけみかずち)
:鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の祭神
②経津主命(ふつぬしのかみ)
:香取神宮(千葉県香取市)の祭神
③天児屋根命(あめのこやねのみこと)
:中臣氏(なかとみし)、藤原氏(ふじわらし)の祖神
④比売神(ひめがみ)
:特定の神の名前ではなく、主祭神の妻や娘など関係の深い女神を指す。

春日大社の主祭神「武甕槌神」
(1)国譲り
茨城県鹿嶋市の鹿島神宮(かしまじんぐう)における主神として祀られる『武甕槌神(タケミカズチ)』。
古事記、日本書紀でお馴染みの「鹿島神(かしまのかみ)」は、度々物語に登場。
葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)時には、アマテラスの命を受け天鳥船神(あめのとりふね)と共に葦原中国に派遣されるが、
大国主(オオクニヌシ)の息子二人、すなわち「事代主神(ことしろぬしのかみ)」、建御名方神(たけみなかた)に国を差し出すように説得。
事代主神は素直に了承するも、建御名方神は受け付けず。
そこで、両者は力競べをすることになるが、建御名方神の勝利にて国を譲り受ける事になった。
これが大国主神の『国譲り』である。
ちなみにこの両者の戦いが後の「相撲」の起源として語られのは有名である。

(2)十束剣
十束剣(とつかのつるぎ)は、日本神話に登場する剣の総称として、イザナギ、スサノオ、武甕槌神、神武天皇などが所持したと伝えられる。
イザナギが所持した「天之尾羽張剣」は、イザナミの神産みにおいて火傷そして死因ともなった火の神「カグツチ」を斬る。
ヤマタノオロチ退治においてスサノオが使った十拳剣(天羽々斬)。
そして武甕槌神が葦原中国平定時に使用したのが「十掬剣」である。
武甕槌神が大国主の前で十掬剣を海の上に逆さまに刺し、その切先にあぐらをかいて威嚇する姿は、よく物語のイラストで見かけるのでは?
その後、神武天皇が譲り受け、神武東征時に登場する。
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