Generated by All in One SEO v4.9.2, this is an llms.txt file, used by LLMs to index the site. # 戦国物語探訪(戦国時代小説と史跡巡りの旅) 上杉謙信、前田利家など戦国大名と史跡を戦国小説を読みながら旅する ## Sitemaps - [XML Sitemap](https://sengoku-story.com/sitemap.xml): Contains all public & indexable URLs for this website. ## 投稿 - [皇祖皇太神宮とは?竹内文書との関係や場所・アクセス・見どころを解説【富山市】](https://sengoku-story.com/2019/03/16/sengoku-trip-hokuriku0002/) - 富山にある「皇祖皇太神宮」(こうそこうたいじんぐう)は、スメラミコト(天皇の祖)そして、竹内文書と世界の秘密が隠された超神秘なパワースポットです。天神七代から神武朝、そして現代までの天皇を合祀した皇祖皇太神宮にて四度拝、八平手、一度拝という変わった礼方での参拝をしてみてください。 - [皇祖皇太神宮のルーツ、滑川市小泉の『天神人祖一神宮』](https://sengoku-story.com/2026/09/11/echu-trip-013/) - [手取川戦国物語探訪★第三章・ 上杉南下!松任城へ~「上杉謙信」率いる越後軍が加賀「松任城」へ入場する](https://sengoku-story.com/2022/02/02/tedorigawa-main003/) - 七尾城救出のため手取川を渡った柴田勝家。しかし、上杉謙信も電光石火の如く南進し加賀「松任城」へ入った。織田軍は、必ず反転すると確信した謙信。しばらくの膠着が続いたが、やはり織田軍が夜陰に紛れ手取川を渡った。それを待っていた謙信は、松任城より出撃する。 - [手取川戦国物語探訪★第二章 勝家消沈!七尾城落城~手取川を渡る柴田勝家、しかし、「七尾城」落城の報が届く](https://sengoku-story.com/2022/02/01/tedorigawa-main002/) - 上杉謙信の攻撃から何とか持ち堪えていた能登七尾城。 堅城「七尾城」が落ちれば能登は、ほぼ上杉謙信の手に落ちてしまう。 柴田勝家率いる織田軍は、七尾城を救出するため「手取川」を渡った。 川を渡れば、いよいよ越後軍と遭遇するであろう織田軍であった、その時、勝家のもとに「七尾城落城」の報が届く。 - [手取川戦国物語探訪★第四章・織田軍大敗!名取川のように~はねる謙信、「手取川の戦い」における謙信の恐るべし戦術](https://sengoku-story.com/2022/02/03/tedorigawa-main004/) - 手取川を背にしたまま動きが取れない織田軍であったが、夜陰に紛れ遂に川を渡り始めた。織田軍の動きを察知した「上杉謙信」が、追撃を開始したことで「手取川の戦い」もクライマックスを迎える。後世に伝えられる「はねる謙信」は、まさしく戦国最強レベルとしての評価であった。 - [手取川戦国物語探訪★第一章・不倶戴天!勝家と秀吉~手取川の戦い開戦前に、争う「勝家」と「秀吉」](https://sengoku-story.com/2022/01/31/tedorigawa-main001/) - 手取川の戦いを目前に、織田軍の足並みが揃わない。総大将「柴田勝家」と「羽柴秀吉」である。身分の高い勝家に対し、出世頭の天才「秀吉」は、上杉軍の精強さを認識していた。主君である信長の怒りを承知に秀吉は、手取川からの陣払いを決意する。また、戦場近くの石川ルーツ交流館がある旧美川町は、石川県名の由来でルーツでもある。 - [藤原鎌足とは何者か?日本史を動かした「影の立役者」の実像](https://sengoku-story.com/2026/04/21/japan-densetu-0005/) - [藤原不比等はなぜ成功したのか?律令国家と藤原氏繁栄の仕組みを徹底解説](https://sengoku-story.com/2026/04/20/japan-densetu-0004/) - [藤原京の歴史「天武・持統天皇陵」](https://sengoku-story.com/2025/12/30/kansai-trip-0003/) - 藤原京の歴史とともに、天武・持統天皇陵の成り立ちを解説。日本初の本格都城とされる藤原京と、二人の天皇が築いた国家の礎に迫ります。 - [興福寺の正体とは?藤原氏が築いた“権力の寺](https://sengoku-story.com/2026/04/15/kansai-trip-0002/) - 奈良・興福寺は藤原氏ゆかりの古刹。 五重塔や阿修羅像で知られ、世界遺産にも登録される日本屈指の名所です。 藤原氏の氏寺として栄えた歴史や見どころ、五重塔など必見スポットをわかりやすく紹介。 - [古代日本の謎を解く3大キーマン~物部氏・秦氏・藤原氏が作った日本のカタチ](https://sengoku-story.com/2026/04/13/japan-densetu-0003/) - [物部氏の伝説が残る高岡市「物部神社」と「ニギハヤヒ」](https://sengoku-story.com/2021/11/13/echu-trip-010/) - 物部氏の伝説が残る高岡「物部神社」(もののべじんじゃ)富山県高岡市東海老坂字川田。菅原末裔を称する前田利家が、物部氏の末裔とも称した伝説あり。謎の渡来人「物部氏」とニギハヤヒ命は、秦氏、藤原氏などとともに日本人のルーツを考える上でも最も重要な課題となっている。 - [日本最古の歴史?竹内文書](https://sengoku-story.com/2026/04/06/japan-densetu-0001/) - [日ユ同祖論とは?日本人はユダヤ人の子孫なのかをわかりやすく解説](https://sengoku-story.com/2026/04/10/japan-densetu-0002/) - [国内唯一、波打ち際を自動車で走れる『千里浜なぎさドライブウェイ』](https://sengoku-story.com/2026/04/07/noto-trip-0009/) - [宝達志水町にあったモーゼの墓とモーゼパークが語る石川県「モーゼ伝説」](https://sengoku-story.com/2022/11/01/noto-trip-0004/) - ユダヤ教・キリスト教・イスラム教における預言者『モーゼ』。世界レベルの超有名人であるモーゼが晩年に訪れたのは、何と石川県の宝達山(石川県宝達志水町)であった。ここ宝達山のモーゼパークには、『モーゼの墓』が存在し、竹内文書を研究する歴史マニアがたくさん訪れるパワースポットとなっている。 - [藤原一族の歴史「春日大社」と「タケミカヅチ」の謎](https://sengoku-story.com/2025/12/26/kansai-trip-0001/) - 興福寺とともに藤原氏の歴史を語るには欠かす事が出来ない奈良の藤原氏2大観光スポット。 本殿はもとより、それらを巡る”回廊”そして”南門””回中門”など見どころ満載。 2016年(平成8年)に完了した「式年遷宮」後の春日大社を訪れてみては。 - [上杉謙信が苦戦した「七尾城の戦い」が物語る能登七尾城](https://sengoku-story.com/2021/10/12/noto-trip-0002/) - 戦国初期からの歴史がある七尾城であるが、七尾城の歴史は、越後の龍「上杉謙信」との激戦「七尾城の戦い」なしでは語れない。あの軍神と謳われた謙信を悩ませた唯一の城。 日本三大山城として有名な能登七尾城の歴史と、上杉謙信作「九月十三夜陣中作」を紹介します。 - [⑤伝統文化の礎~土佐守家の祖、前田利政の暗躍★前田土佐守家資料館](https://sengoku-story.com/2019/03/04/kanazawa-main005/) - 利家が驚く!もしやここは、利政と直之の生涯を後世に伝えるための前田土佐守家資料館か?。堅実な利長よりは、むしろ強情な利政の行く末が心配であった。関ヶ原の戦いにおける中央への再出兵に従わなかった前田利政。しかしその後、芳春院の尽力もあり前田土佐守家が誕生する。 - [④金沢城下町の形成~忘れ得ぬ守護神「長続連」★長町武家屋敷跡](https://sengoku-story.com/2019/03/03/kanazawa-main004/) - 21世紀の利家が呟く。『長町武家屋敷跡、ここもよく整備したものじゃ。丁度この辺りは、わしの時代からの家臣であった、長家(長連龍)の屋敷近くか。』<おっ、それで長町と申すのか!> 長町観光は、金沢冬の風物詩「薦掛け(こもがけ)」とともに、。長氏の歴史も是非学んでいただきたい。 - [③寺町寺院群と宗派の関係 | ここでも記憶を★妙立寺(忍者寺)](https://sengoku-story.com/2019/03/03/kanazawa-main003/) - おおー、寺院をまとめたか!利長め、わしの言いつけを守ったか?<宗教との良き付き合いには、これが一番よい>わしが建立した妙立寺もここあるのか?それはよいとして、この寺町の高台、いささか気になるのう。南方面防備のため設計された忍者寺で有名な「妙立寺」がある「寺町寺院群」の謎に迫る。 - [宝円寺★金沢戦国物語①「槍の又左」いざ北陸『金沢』へ | 前田利家、若き日の想い](https://sengoku-story.com/2019/03/02/kanazawa-main001/) - 金沢に「宝円寺」という曹洞宗の寺あり。懐かしく、当時を振り返りながらも「前田利家」が手を合わせる。「丁度わしが能登国を信長様から頂いた時であったか」 <想えば、ここまでは、苦労が絶えなかった> 金沢戦国物語「第一章」は、前田利家の菩提寺「宝円寺」を巡ります。 - [②利家、金沢城へ | 一向宗との戦いから得た真宗王国の改造〈石川門〉](https://sengoku-story.com/2019/03/03/kanazawa-main002/) - 金沢城『石川門』、ここは、元は尾山御坊であった金沢城であるな。 たしか「真宗王国」とか「百姓の持ちたる国」とか呼ばれておったか。 <面倒な仕事をさせられたものじゃ> しかし、ここでは、戦以外で様々な事を学ばされたわい。 <特に、宗教というものをな> 金沢戦国物語・第2章では、金沢城の「石川門」を巡ります。 - [⑥回想・利家の想い~金沢発展と北陸新幹線★尾山神社](https://sengoku-story.com/2019/03/05/kanazawa-main006/) - 前田利家が四百年の時を経て金沢を巡る「金沢戦国物語」の最終章。 舞台は、利家とお松の方こと「芳春院」が眠る「尾山神社」。利家の金沢入り時、金沢は、大阪・名古屋に次ぐ大都市であったが、21世紀に入り他の地方都市にも後れを取ることになる。しかし、2016年北陸新幹線の金沢開業に伴い、金沢は再び活気を取り戻し始めている。 - [小松プロローグ① | 大納言「前田利家」の死](https://sengoku-story.com/2019/02/28/ss-komatsu-prologue01/) - 天下人、豊臣秀吉の死を待ち望んでいた豊臣政権五大老筆頭「徳川家康」はもう一人の男の死を待っていた。「あの男がいる限り、迂闊な行動はとれん」。その男とは、同じく五大老である「前田利家」である。そして遂に1598年、秀吉の後を追うように、利家がこの世を去った。 - [小松プロローグ④ | 日ノ本騒乱](https://sengoku-story.com/2019/03/17/ss-komatsu-prologue04/) - 1600年、徳川家康と石田三成が美濃の関ヶ原にて激突。丁度その時、北陸では東軍の徳川軍として参戦すべく、前田利長が大軍を率いて小松方面へ兵を進めた。北陸の関ヶ原まであと数日である。 - [金沢戦国物語プロローグ~前田利家と前田家系図](https://sengoku-story.com/2019/03/02/ss-kanazawa-prologue01/) - 織田信長の家臣として、尾張荒子領主であった前田利家。槍の又左の異名を掲げ信長に従い近畿・東海そして、北陸支配に貢献。そして、越前、能登から金沢へ出世街道を突き進む。加賀百万石の祖『前田利家』を中心とした前田家系図と金沢までの利家の歴史を紹介する。 - [小松プロローグ③ | 小松の剛勇、丹羽長重](https://sengoku-story.com/2019/03/09/ss-komatsu-prologue03/) - 共に織田信長に仕えた二人の武将「前田利家」「丹羽長秀」。それらの世継ぎが「金沢の前田利長」「小松の丹羽長重」である。利家も長秀も二人の子供たちが争うことを望んでいなかったであろう。 - [和田山城跡(石川県能美市)★第一章・嵐の前触れ!前田利長「和田山城」に着陣](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main001/) - 「前田利長」率いる前田軍が和田山(現在の石川県能美市)にある「和田山城」に着陣。丹羽長重が籠る小松城攻撃か?大聖寺へ兵を進めるべきか?意見が分かれる。和田山城跡は、「和田山・末寺山古墳群」が存在し、独立した丘陵地であり小松城方面を一望出来た場所である。 - [千代城跡(小松市)★第2章・北陸の関ヶ原昂揚!小松「千代城」へ前田軍動く](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main002/) - 利長の弟であり武断派の前田利政は、丹羽長重の小松城攻めを進言する。そして、その意思がない利長に半ば呆れ気味であった。小松を避けるように進軍する前田軍は、小松「千代城」から木場潟の東を通過する。小松戦国物語・第2章にて、小松市の千代城跡(せんだいじょうあと)を旅します。 - [木場潟公園・東園地★第3章・丹羽軍奇襲!木場潟の戦い](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main003/) - 小松の木場潟を東に進む前田軍。そこに、小松城の丹羽長重率いる丹羽軍が奇襲を掛けた。「木場潟の戦い」である。木場潟は、柴山潟(片山津)、今江潟(小松市)と共に「加賀三湖」と呼ばれている。木場潟公園「中央園地」では、3月頃には珍しい紅白のウメが咲き誇る。 - [南加賀の橋頭保として歴史舞台に登場する小松市「御幸塚城」](https://sengoku-story.com/2022/04/14/kaga-trip-0009/) - 御幸塚城の歴史は、南加賀の戦国史において欠かす事が出来ない。越前朝倉氏、織田信長、上杉謙信など数々の武将たちがこの城を攻め、そして、支配した。また、北陸の関ヶ原にも登場するなど南加賀の橋頭保として重要な城であった。御幸塚城跡には、碑が建てられ木場潟、白山を望むスポットともなっている。 - [今江城★第4章・謎の退却!前田軍金沢返し](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main004/) - 丹羽軍の奇襲から逃れた利長は、大聖寺城の戦いにて山口宗永(山口玄蕃允正弘)、右京親子と戦い大聖寺城を陥落させることに成功。その後、越前国に進軍するが、なぜか金沢に兵を返し始める。好機再来、小松の今江城で情報を入手した丹羽長重が再度、利長狩りに執念を燃やす。 - [小松城跡★第5章・小松城主「丹羽長重」の意地!百万石との死闘](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main005/) - 小松城主『丹羽長重』の父である長秀も、利長の父である利家と同じく百万石の大身であった。利長との格差が許せない長重には男の意地があった。小松の豪将「長重」は、小松城を拠点に前田軍を待ち受けた。小松戦国物語・第5章に登場する小松市の観光スポット『小松城跡』と『芦城公園』を旅します。 - [小松城址が語りかける小松戦国物語と歴史](https://sengoku-story.com/2022/04/13/kaga-trip-0008/) - 現在は、本丸櫓の石垣とわずかな跡のみが残る「小松城址」であるが、かつては、小松市役所前の小松城址公園を含めた広大な縄張りであったこが伺える。「村上義明」「丹羽長重」「前田利常」と小松城主が代わる中で改築を重ね、利常の時代には、風流かつ雅な姿に変貌を遂げていった名城であった。 - [小松プロローグ② | 悩める前田利長~家康の策略](https://sengoku-story.com/2019/03/02/ss-komatsu-prologue02/) - 前田利家の死を待っていた徳川家康の行動は素早かった。「伊達政宗」、「福島正則」など有力大名と縁組を行い勢力拡大を行うほか、対抗勢力の抑え込みにかかる。その矛先は、加賀百万石の大大名「前田利長」であり、利家亡き前田家の当主「利長」に早くも試練が訪れる。 - [前田利政という漢(おとこ)・その後③](https://sengoku-story.com/2019/03/21/komatsu-after003/) - 前田利政は、二度めの中央出兵要請を拒否。利政の気性、性格が表れた場面である。 その理由として1度度目の出兵における突然の撤退など、様々な説が存在する。 後の大坂夏の陣でも東西両軍から破格の条件で勧誘されるも断った。利政は、前田家における数少ない漢(おとこ)の一人である。 - [明暗を分けた前田家と丹羽家・その後②](https://sengoku-story.com/2019/03/19/komatsu-after002/) - 関ヶ原の戦い後の天下は、徳川家康のものとなっていた。 小松、大聖寺も加え二十万石近い加増となった「前田利長」に比べ、「丹羽長重」は、改易となり小松を去る。しかし、その三年後に常陸国古渡一万石を与えられたことにより大名に復帰。最終的には十万石までカムバックを果たした。 - [前田軍の金沢撤兵~受け継がれた前田気質・その後①](https://sengoku-story.com/2019/03/07/komatsu-after001/) - 大聖寺城を落とし加賀まで兵を進めた前田利長であったが、その後、急遽金沢へ謎の撤兵を開始する。その後、日本を二つに分けた歴史上最大の大決戦「関ヶ原の戦い」に結果、間に合わなかった。賤ケ岳の戦い、幕末維新の日和見など、これまでの前田家の戦いを含め、後に前田気質や金沢気質(金沢人気質)と呼ばれることになる。 - [津幡町笠野「鳥越城」と佐々成政の戦い](https://sengoku-story.com/2021/09/13/tsubata-trip-0004/) - 前田利家と佐々成政の代表的な戦い「末森城の戦い」の時であった。末森城に奇襲をかけるも失敗に終わった成政であったが、敗走中にも津幡町の笠野にある「鳥越城」を奪取。白山市の鳥越城と混同されやすい津幡の鳥越城跡であるが、鳥越弘願寺とともに、津幡・笠谷における一揆勢力の代表史跡である。 - [一乗寺城跡(いちじょうじじょうあと)富山県小矢部市八伏と桃井直常](https://sengoku-story.com/2020/04/13/sengoku-trip-sansyuu0001/) - 前田・佐々抗争の舞台となった富山県小矢部市「一乗寺城」。この城がある「五郎丸」「八講田」「八伏」は、石川の津幡、金沢、富山の小矢部との境界であり一乗寺城跡としては、富山に属する。 また、北へ2キロほど進むと倶利迦羅不動寺が存在し倶利伽羅戦国物語にも登場する歴史マニアコースとしても注目を浴びている。 - [加賀・能登における要衝「津幡城」の歴史](https://sengoku-story.com/2021/07/22/tsubata-trip-0003/) - 加賀・能登・越中における三州の要衝である津幡の要塞「津幡城」。前田利家と佐々成政との戦い「前田・佐々抗争」の舞台と津幡城址は、そのほか、「上杉謙信」率いる越後軍、織田軍団の佐久間盛政などは、津幡突破のため必ずこの津幡城跡(津幡町清水)にて戦いを繰り広げている。 - [佐々平左衛門政元と倶利伽羅城の謎を解く](https://sengoku-story.com/2022/04/15/tsubata-trip-0024/) - 津幡町の手向神社、倶利伽羅公園の周辺に倶利伽羅城(くりからじょう)が存在した。佐々成政が加賀攻めの際に佐々平左衛門政元を配置し改築したこの城は、砦レベルの倶利伽羅堡(くりからほう)である説も根強く残った。マイナーな津幡の史跡である倶利伽羅城を、倶利伽羅村の地理的条件と軍事的観点から謎に迫る。 - [北薩戦国物語プロローグ③ | 関白「豊臣秀吉」と「大坂城」](https://sengoku-story.com/2022/01/18/ss-hokusatsu-prologue03/) - 天下の名城「大坂城」が完成に近づく中、関白「豊臣秀吉」の九州平定における大軍団が九州、戸次へ上陸を開始した。秀吉による第一次九州征伐である。しかし、その大軍団を前にしても一歩も引かない島津軍。そして、この戸次の戦いにて四兄弟の末弟「島津家久」は、島津のお家芸「釣り野伏せ」で秀吉軍を迎え撃つ。 - [石川県の鳳凰殿「西之坊鳳凰殿」と「万灯会」](https://sengoku-story.com/2022/04/08/tsubata-trip-0021/) - 七堂伽藍と十二ヶ寺の復興事業の一つとして建てられた津幡町「西之坊鳳凰殿」(にしのぼうほうおうでん)。津幡町の観光スポットとして人気がある「西之坊鳳凰殿庭園」には、毎年夏には、幻想的な空間の中「万灯会」が開催されるほか、春のお花見も最高である。 - [倶利伽羅神社と源平倶利伽羅合戦図屏風](https://sengoku-story.com/2022/04/10/tsubata-trip-0022/) - ニニギノミコトに求婚された「木花開耶姫命」。その「このはなのさくやびめのみこと」を祭神とする津幡町竹橋の『倶利伽羅神社』は、明治40年に「倶利伽羅神社」と改称するが、「源平倶利伽羅合戦図屏風」が保存されているのは有名である。源平倶利伽羅合戦図屏風は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場した。 - [前田綱紀を祀る津幡町「加賀神社」と河北潟干拓](https://sengoku-story.com/2022/03/19/tsubata-trip-0015/) - 石川県の加賀神社(石川県河北郡津幡町字潟端ト10)は、健御名方命、前田綱紀公などを祭神とした県社である。 加賀神社のある潟端は、河北潟干拓により誕生した地区であり、地名の「潟端」もそれに由来する。 国道159号線から潟端に続く旧道は、特に夏になると少し懐かしい匂いが漂うストリートである。 - [順徳上皇を導いた「広済寺」と「領家」を散策](https://sengoku-story.com/2022/03/31/tsubata-trip-0020/) - 領家「広済寺(こうさいじ)」の聖徳太子像は、海上のしけにあった順徳上皇を導いた伝説を持つ寺である。令和3年からスタートした順徳さん謎解きウォークラリーのスポットのひとつであり、また領家は、静かな懐かしさを感じる雰囲気で津幡町のプチいにしえ空間である。 - [順徳さん謎解きウォークラリーと「龍ヶ口井戸跡」を歩いて](https://sengoku-story.com/2022/03/31/tsubata-trip-0019/) - 全てのコースを巡りスタンプを集めると「順徳さん缶バッチ」が当たる「順徳さん謎解きウォークラリー」は、承久の乱にて敗れた順徳上皇の所縁の地を中心に構成されたウォークラリーである。 領家、御門、能瀬を歩きながら、上皇の飲料水として掘られた「龍ヶ口井戸跡」など、さまざまなスポットがお勧めである。 - [順徳上皇が仮の御所とした津幡町「御門屋敷跡」](https://sengoku-story.com/2022/03/26/tsubata-trip-0018/) - 打倒、鎌倉武家政権「北条氏」に挑んだ「後醍醐上皇」と「順徳天皇」。 承久の乱に敗れ佐渡へ渡る途中にしけに会い遭い、やむなく上陸し以降、津幡町御門「御門屋敷跡」を仮御所とした。 気性が荒かったと伝えられる順徳天皇であったが、『禁秘抄』を著するなど王朝時代の有職故実研究に傾倒していた。 - [津幡町「能瀬川公園桜まつり」と「順徳上皇」](https://sengoku-story.com/2022/03/26/tsubata-trip-0017/) - 日本史上初となる朝廷と武家政権の争い「承久の乱」。その戦いにて、後鳥羽上皇とともに武家政権に挑んだのが『順徳上皇』である。 戦いに敗れた順徳上皇(じゅんとくじょうこう)が暫く滞在した津幡町能瀬地区には、現在でも「順徳さん」と親しまれ春には、能瀬川にて「能瀬川公園桜まつり」が開催され地元の花見スポットとして賑わう。 - [石川県津幡町「白鳥神社」と「木曽義仲」との所縁](https://sengoku-story.com/2022/03/19/tsubata-trip-0016/) - 日本武尊を祭神とし、また雨乞(あまごい)の霊験で知られる祈雨祭(きうさい)でも有名な石川県津幡町の白鳥神社(しらとりじんじゃ)。全国でも100以上ある白鳥信仰の神社の中でも石川県の白鳥神社は、長野県とともに木曽義仲にゆかりある神社として訪ねて見ていただきたい。 - [国見山に鎮座する倶利伽羅「五社権現」と 108段の石段「百八坂」](https://sengoku-story.com/2022/04/19/tsubata-trip-0025/) - 倶利伽羅「五社権現」は、倶利伽羅峠の頂上「国見山」を登りきったところに鎮座する。傾斜である108段の石段「百八坂」を上るとパノラマが広がり、天気が良い日には、白山、立山、日本海を望むことが出来る。4月後半には八重桜が咲き誇り倶利伽羅峠の観光には外すことが出来ないスポットである。 - [八重桜が咲き誇る花見の名所、小矢部「倶利伽羅県定公園」](https://sengoku-story.com/2022/02/26/echu-trip-012/) - 小矢部市の倶利伽羅峠にある『倶利伽羅県定公園』は、6000本を数える八重桜が咲き誇る花見の名所である。毎年春の花見シーズンには、小矢部の倶利伽羅県定公園にたくさんの花見客が訪れ、提灯による八重桜のライトアップや源平大綱引き合戦が開催され賑わいます。 - [津幡の花見スポット「倶利伽羅公園」と「倶利迦羅さん八重桜まつり」](https://sengoku-story.com/2022/02/26/tsubata-trip-0012/) - 津幡の花見スポット「倶利伽羅公園」は、倶梨伽羅峠に沢山の八重桜が咲き誇る「桜の名所」として有名であると同時に、倶利伽羅峠古戦場、手向神社など数々の観光スポットとしても人気があります。花見シーズンには、特倶利迦羅不動寺で行われる「倶利迦羅さん八重桜まつり」では、厄除けの念仏赤餅つきが行われ賑わいます。 - [津幡町の旭山工業団地に隣接する「新幹線の見える丘公園」](https://sengoku-story.com/2021/10/30/tsubata-trip-0009/) - 新幹線の見える丘公園は、津幡町の「旭山」にある旭山工業団地に隣接しております。公園敷地内には、通過予定時刻を掲載する看板が設置され、上り下り双方の列車見ることが出来るほか、待ち時間も多少あるためトイレも設置され非常に便利。また、近くの北陸本線が見える脇道には、たくさんの撮り鉄、鉄道ファンが訪れております。 - [木曾義仲が倶利伽羅峠の戦いで戦勝祈願した「埴生八幡宮」](https://sengoku-story.com/2021/10/06/tsubata-trip-0008/) - 木曾義仲が倶利伽羅峠の戦い前日に戦勝祈願した小矢部市の埴生八幡こと「埴生護国八幡宮」。国指定重要文化財の社殿、日本一の木曽義仲騎馬像、とやまの名水「鳩清水(はとしみず)」は必見。埴生八幡宮(はにゅうはちまんぐう)のある小矢部から倶利伽羅不動寺のある津幡までは、ウォーキングコースとして沢山の方が訪れます。 - [津幡の倶利伽羅から富山の小矢部に続く歴史国道「旧北陸道」](https://sengoku-story.com/2021/09/13/tsubata-trip-0005/) - 古より、五畿七道の一つとして数えられた現在の歴史国道・旧北国街道(旧北陸道)。津幡の倶利伽羅から小矢部に続くこの街道には、倶利伽羅峠を中心に、倶利迦羅不動寺、倶利伽羅古戦場、手向神社など数々の歴史スポットが存在します。戦国時代においては、この道幅の狭い旧北陸道に多くの軍勢が往来したのは驚きであり興味深い街道である。 - [佐々成政の居城「富山城」の歴史と巨石「鏡石」](https://sengoku-story.com/2019/05/22/sengoku-trip-etsuhi0002/) - 富山城は、神保長職、神保長住、そして「佐々成政」と富山戦国時代の歴史において最も有名な城である。特に、富山城主「成政」時代が「富山の役」に登場することから説明板による記載も多くなっている、城の見どころは、富山城址公園の巨石「鏡石」を埋め込んだ石垣がお勧め。特に大人気の撮影スポットとなっております。 - [⑥無念の剃髪!成政降伏★道心塚~成政の剃髪址(富山市安養坊)](https://sengoku-story.com/2019/04/27/etsuhi-main006/) - 佐々成政の剃髪とほぼ同刻に、呉羽山の麓にある安養坊に陣を張っていた前田利家に成政降伏の報せが届いた。秀吉は、切腹を勧めるが最終的には、新川郡のみの安堵を認めることで「富山の役」も終焉を迎える。安養坊道心塚・佐々成政剃髪阯は、富山市民俗民芸村内(富山市安養坊)にあります。 - [越飛戦国物語プロローグ④ | 厳寒の立山!佐々成政の「さらさら超え」](https://sengoku-story.com/2019/04/16/ss-etsuhi-prologue04/) - 成政は、徳川家康に大きな期待をした。(前田利家、金森長近などは、秀吉如きにの軍門に降ったが、家康殿は違う)。秀吉により情報遮断された成政は、遠く浜松へ自ら向かう方法を模索する中ある決断をする。北アルプスの立山を超える。佐々成政の「さらさら超え」であった。 - [⑤諦念!伝わらぬ成政の想い・・★富山城(富山県富山市本丸)](https://sengoku-story.com/2019/04/25/etsuhi-main005/) - 関白秀吉の大軍に完全包囲された富山城。そして、その天守に立つ失意の富山城主「佐々成政」。さらさら越えも空しく頼りの家康も動かず、敗北を覚悟した成政ではあったが、丹羽、池田、前田、金森などとは違った。秀吉の大軍を前に男の意地を貫き通した上での敗北である。 - [④孤立無援!秀吉、富山城包囲網★白鳥城(富山県富山市城山)](https://sengoku-story.com/2019/04/22/etsuhi-main004/) - 呉羽山の本陣と共に、秀吉軍の拠点となった越中の白鳥城(富山)。「白鳥城」「安田城」「大峪城」が西の真正面から富山城を睨み、さらに、東に上杉景勝、南から金森長近と三方より包囲された富山城。窮地に陥った「佐々成政」に敗北の2文字が突き付けられる。 - [③魚津城落城!軍神後継者東より現る★魚津城(富山県魚津市)](https://sengoku-story.com/2019/04/21/etsuhi-main003/) - 織田信長の北陸侵攻より、長きに渡り「上杉」「佐々」戦争の舞台となった「魚津城」。信長から秀吉へと時代は、移りかわった富山の陣の時である。富山城を西から秀吉本隊、南から金森勢と窮地に陥った佐々成政は、東の防衛線であった魚津城からの撤退に迫られる。 - [②松倉城(岐阜県高山市)②飛騨の支配者!三木自綱こと、姉小路頼綱](https://sengoku-story.com/2019/04/18/etsuhi-main002/) - 身内の謀殺も厭わない飛騨の支配者「三木自綱」こと「姉小路頼綱」。飛騨随一の巨大な城である岐阜の「松倉城」を築き、贅の限りを尽くす。しかし、佐々成政の征伐のため越中・飛騨に侵攻した金森勢が松倉城攻めの気配を見せる。岐阜の松倉城の石垣は見事で一見の価値あり。 - [飛騨「向牧戸城」(岐阜県高山市荘川町向牧戸)①埋蔵金の行方!金森長近、向牧戸城攻め](https://sengoku-story.com/2019/04/17/etsuhi-main001/) - かつては、信長の元で共に戦った佐々成政と刃を交えることになる金森長近。複雑な心中のまま、飛騨に侵攻。荻町城、向牧戸城、帰雲城の攻略に向けて動き出す。一方の白川を治める内ヶ嶋氏理は、金森軍の攻撃を支えきれずに財宝を移す。これが帰雲城、向牧戸城の埋蔵金伝説に繋がっていく。 - [海岸線に築かれた富山・氷見の要塞「阿尾城」](https://sengoku-story.com/2021/11/12/echu-trip-0005/) - 氷見の要塞「阿尾城」(富山県氷見市阿尾城ヶ崎)は、日本海でも珍しい海岸線に築かれた城である。 氷見城主「菊池武勝」は、織田、佐々、前田と主君を渡り歩きつつも阿尾城を守った歴史を持つ。 氷見城跡から、天候次第で立山を一望可能であり、氷見市は、寒ブリが有名で全国でも有名な冬の富山湾を満喫できる観光スポットである。 - [前田利長の菩提寺「瑞龍寺」から見る前田利常の想い](https://sengoku-story.com/2021/11/13/echu-trip-0009/) - 瑞龍寺(富山県高岡市関本町)の歴史は、加賀藩二代「前田利常」公が初代「前田利長」公の菩提寺として建立されたことに始まる。 瑞龍寺(ずいりゅうじ)の国宝に指定された山門、仏殿、法堂そして、東司(とうす)の烏瑟沙摩明王なども建築物としての評価も高く一見の価値あり。 - [富山の雄山神社の歴史と岩峅の前立社壇(まえだてしゃでん)](https://sengoku-story.com/2021/11/13/echu-trip-011/) - 霊峰立山を神山と仰ぐ富山県の「雄山神社」(おやまじんじゃ)。岩峅(いわくら)の前立社壇(まえだてしゃでん)は、雄山神社の三社殿の中で平野部から一番近く、立山登拝の際は、「岩峅」の社殿から身の穢れや罪を祓いスタートすることから「岩峅前立社壇」(まえだてしゃでん)と呼ばれる。 - [加賀藩における東端(朝日)の関所「堺関所」](https://sengoku-story.com/2021/11/12/echu-trip-0007/) - 朝日町の堺関所跡(富山県下新川郡朝日町境1561)は、前田家の加賀藩における最東端の関所であり街道の「御関所大門」「堺一里塚」そして、真冬の荒々しい日本海の荒波が見ものである。 江戸日本橋を起点に設置した「堺一里塚跡」から「市振関所跡」へ足を延ばしてみると「親知らず」を含めた観光コースが完成する。 - [熾烈な籠城戦「魚津城の戦い」で有名な魚津城。](https://sengoku-story.com/2021/11/12/echu-trip-0006/) - 戦国期の「魚津城の戦い」において熾烈な籠城戦で有名な「魚津城」(うおづじょう)。現在の魚津城跡は、富山県魚津市立大町小学校跡地内に案内版などを残すのみとなっているが、NHK大河ドラマ「天地人」ゆかりの地として歴史マニアが沢山訪れる魚津市の観光スポットとなっております。 - [富山の役における豊臣軍の前線基地、富山「白鳥城」](https://sengoku-story.com/2021/11/09/echu-trip-0001/) - 豊臣秀吉の越中征伐にて登場する富山『白鳥城』(富山県富山市吉作)。この越中白鳥城を拠点に富山城に圧力をかけることに成功。後に降伏した佐々成政の道心塚(佐々成政の剃髪址)もここにあります。富山の史跡『白鳥城址』のある呉羽山の「呉羽山公園」「呉羽山展望台」は、富山の町並みを望む絶景スポットとしても大人気です。 - [富山の役における白鳥城の出城、富山「安田城」と「安田城跡資料館」](https://sengoku-story.com/2021/11/09/echu-trip-0002/) - 豊臣秀吉の越中征伐にて登場する越中白鳥城の支城である富山『安田城』(富山県富山市婦中町安田)。この両城にて富山城に圧力を掛けつつ佐々成政の戦意を喪失させた『安田城跡』の資料は、隣接する資料館『安田城跡資料館』にて展示され、安田城の歴史を十分に楽しむことが出来ます。 - [富山市立五福小学校の跡地に残る「大峪城跡」の歴史と「富山の役」](https://sengoku-story.com/2021/11/09/echu-trip-0003/) - 富山市立五福小学校の敷地に残る「大峪城」(おおがけじょう)の歴史は、戦国末期の豊臣秀吉の佐々成政征伐における「富山の役」に遡る。豊臣軍の先鋒として「越中白鳥城」「越中安田城」「越中大峪城」に陣を置いた前田利家は、宿敵「佐々成政」の富山城に圧力を掛けることにより成政が降伏を決意させた要因ともなった歴史を持つ城である。 - [飛騨国随一!三木自綱(姉小路自綱)が居城「飛騨松倉城」](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0005/) - 飛騨国随一であり、飛騨の梟雄と謳われた「三木自綱」(姉小路自綱)の居城である飛騨「松倉城」岐阜県高山市松倉町。高山市街を見下ろせる標高856.7Mの山城に築かれた「松倉城跡」の巨大な石垣は一見の価値あり。この高山の飛騨「松倉城」と越中の松倉城は、別物あるので注意が必要。 - [世界遺産白川郷合掌集落にある帰雲城の支城「萩町城」](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0003/) - 帰雲城の支城であった「萩町城」岐阜県大野郡白川村荻町。世界遺産白川郷合掌集落に指定され萩町城跡展望台からの眺めは最高であり多数の観光客が訪れる。城主の山下氏勝は、主君であった内ヶ島家の滅亡後は、豊臣秀吉そして、徳川家康に仕え出世を遂げている。 - [江馬輝盛の内紛と武田信玄の影響を受けた岐阜県飛騨市「神岡城」の歴史](https://sengoku-story.com/2021/11/12/gifu-0008/) - 武田二四将の一人「山県昌景」が援軍として駆けつけたと伝えられる「神岡城」岐阜県飛騨市神岡町城ヶ丘。武田時代の以降は、三木自綱と飛騨をめぐって覇権争いを繰り広げるなど精力的に軍事行動に出る。江馬氏城館跡とともに、神岡観光そして、桜の名所でもある神岡城で歴史ロマンを感じてください。 - [江馬氏城館跡を復元した国史跡「江馬氏館跡」がスカイドーム神岡に隣接オープン](https://sengoku-story.com/2019/05/11/sengoku-trip-etsuhi0001/) - 江馬氏城館跡は、戦国期に北飛騨を支配した江馬氏の城の一角として機能した江馬輝盛の館跡である。江馬氏館跡公園は、国の名勝「江馬氏館跡庭園」として岐阜県内では初めての史跡と名勝の二重指定を受けた。岐阜県飛騨市の神岡町には、江馬氏館跡のほか神岡城も存在し、飛騨の静かな雰囲気を楽しめます。 - [飛騨鍋山城と三木家の血塗られた歴史](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0007/) - 金森長近の飛騨攻めに登場する「飛騨鍋山城」(ひだ・なべやまじょう)岐阜県高山市漆垣内町。飛騨・高山の戦後期における鍋山城跡には、姉小路家と三木家の争い。そして、姉小路頼綱、顕綱の兄弟による毒殺、暗殺、謀反と戦国時代特有の血塗られた歴史が今でも語り継がれる。 - [金森長近が築いた飛騨三万三千石「高山城」と岐阜屈指の観光地、飛騨高山城下町](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0004/) - 秀吉の佐々成政征伐にて越前大野から飛騨高山へ、そして「高山城」築城。富山の役の功労にて飛騨三万三千石を有する大名と出世を果たした金森長近(かなもりながちか)。越前大野と同様、高山城跡(岐阜県高山市神明町)を含む飛騨高山は、「金森長近」プロデユースの城下町であり、日本屈指の観光地である。 - [飛騨松倉城攻めの本陣とした三木自綱の「鮎崎城」](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0006/) - 鮎崎城(あゆさきじょう)は、秀吉の富山の陣において、三木秀綱(みきつねなが)が籠る「飛騨松倉城」攻めの本陣となった三木氏居城である。広瀬城と共に姉小路自綱(三木自綱)の領国統治の要である飛騨鮎崎城(岐阜県高山市大新町)は、鮎崎城跡の本丸から見る高山市街が一望可能。カップルの聖地として高山の恋スポットになっている。 - [帰雲城の支城として高い防御力を誇った「向牧戸城」](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0002/) - 帰雲城の支城であった堅城「向牧戸城」岐阜県高山市荘川町牧戸向牧戸。城主「川尻氏信」の裏切りと、裏切り後の宴の夜に起きた大地震。宴にお呼びがかからなった氏信は、この不幸中の幸いを如何に感じたのか。氏信の主君であり白川郷の総帥「内ヶ島氏理」と埋蔵金伝説は、現在も謎である。 - [埋蔵金伝説と天正地震で沈んだ伝説の飛騨「帰雲城」](https://sengoku-story.com/2021/11/10/gifu-0001/) - 飛騨「白川郷」の国人「内ヶ島氏理(うちがしまうじまさ)」の居城である「帰雲城」岐阜県大野郡白川村。金山の存在が噂されるが、天正地震で沈んだ帰雲城跡には、今でも埋蔵金伝説が存在する。埋蔵金に関しては、テレビでドキュメント化される程に注目される幻の城・帰雲城である。 - [福井「一乗滝」で生まれた「佐々木小次郎のツバメ返し」](https://sengoku-story.com/2023/01/22/echizen-trip-0008/) - 一乗滝(いちじょうだき)で、佐々木小次郎が秘剣「ツバメ返し」を編み出したという話は、福井県、熊本県では有名な話である。 一乗谷朝倉氏遺跡から「一乗山」に向かって東に姿を現す一乗滝(福井県福井市浄教寺)は、古より修験道の地とされ「滝行」をもって身を清めてみるのも一興です。 - [④織田軍猛追!炎上一乗谷★一乗谷朝倉氏遺跡(福井市城戸ノ内町)](https://sengoku-story.com/2019/03/31/echizen-main004/) - 大敗を喫した朝倉義景は、越前一乗谷に辿り着いた。混乱する一乗谷を目の当たりにした義景は、従弟「朝倉景鏡」が勧める越前戌山城へ落ちることを決意するが? 第4章は、朝倉義景そして、朝倉氏五代の一大文化王国、朝倉氏『一乗谷朝倉氏遺跡』を舞台に「織田軍猛追!炎上一乗谷」を掲載します。 - [天空の城「越前大野城」の歴史と戦国大名「金森長親」](https://sengoku-story.com/2023/01/21/echizen-trip-0006/) - 天空の城と呼ばれ、近年は、全国的に有名な観光スポットとして沢山の外国人も訪れる「越前大野城」。越前大野城の歴史は、戦国武将「金森長親」なしでは語られない。同じ有名観光地である飛騨高山の礎を築いた金森長親は、山間盆地の城づくり、梯郭式と呼ばれる手法から見られるように、街づくりの名人でもあった。 - [犬山城主「朝倉景鏡」の黒歴史と天空の城・撮影スポット「越前戌山城」](https://sengoku-story.com/2023/01/21/echizen-trip-0007/) - 今では、展望台から天空の城「越前大野城」が一望出来る事で全国的に有名な観光スポットとなった『越前犬山城』(えちぜんいぬやまじょう)。朝倉家当主「朝倉義景」を裏切った犬山城主「朝倉景鏡」の黒歴史を犬山城跡(福井県大野市犬山)から思い浮かべるのもまた一興です。 - [戦国朝倉氏の終焉と越前大野「朝倉義景墓所」](https://sengoku-story.com/2021/12/26/echizen-trip-0005/) - 織田信長との抗争から自刃の地である六坊賢松寺まで。戦国朝倉氏の終焉「朝倉義景墓所」(福井県大野市泉町)を舞台に、義景の従妹にあたる「朝倉景鏡」の裏切りなど、越前大野の観光・史跡と戦国朝倉氏五代当主「朝倉義景」の波乱に満ちた生涯をご紹介します。 - [⑥名門朝倉の終焉!義景自刃★六坊賢松寺(福井県大野市明倫町)](https://sengoku-story.com/2019/04/03/echizen-main006/) - 六坊賢松寺にて朝倉景鏡の裏切りを確信した朝倉義景は、愛息の愛王丸ほか3人の保証を願い出ると同時に筆を執る。 - [⑤悲劇!景鏡の裏切り★洞雲寺(福井県大野市清滝)](https://sengoku-story.com/2019/04/01/echizen-main005/) - 景鏡の勧めで大野戌山城へ落ち延びた義景。さらに、洞雲寺に身を潜める事を勧めた景鏡の言葉に、裏切りを悟った義景であった。 - [北朝足利一門「斯波高経」反撃の拠点・福井の「小黒丸城」](https://sengoku-story.com/2021/11/08/echizen-trip-0003/) - 越前国における九頭竜川、足羽川流域に構築された足羽七城に数えられる福井の「小黒丸城」。一時は、新田義貞に敗れた斯波高経(足利高経)反撃の拠点であり、南北朝の騒乱・北陸戦線の舞台であった。城跡は残ってないが案内板が存在するため歴史マニアの史跡スポットとなっております。 - [白山信仰の聖地である福井「平泉寺」と神秘的な御手洗池](https://sengoku-story.com/2021/11/03/echizen-trip-0001/) - 727年(養老元)、泰澄大師によって開かれた白山信仰の聖地、福井の「平泉寺」。源平の戦い、織田信長北陸侵攻時の戦国末期にも度々と歴史に登場し、明治以降は、神仏分離から平泉寺白山神社となる。また、平泉寺の御手洗池(みたらしいけ)は、神秘的なシャッターチャンスと穴場のパワースポットである。 - [越前戦国物語プロローグ① | 戦国期、揺れる越前と江沼国境と石川県の加賀『南郷城跡』](https://sengoku-story.com/2019/03/26/ss-echizen-prologue01/) - 越前戦国物語におけるプロローグ第1話。戦国期の越前と加賀の国境は、石川県加賀『加賀南郷城』を中心に、越前の朝倉氏と加賀の一向宗が小競り合いを繰り返した。そして、戦国時代も統一の時代へと向かった時、戦国の覇王「織田信長」が越前・加賀と北陸へ北上を開始する。ストップ・ザ・信長をするのは、だれか? - [白山市の金運パワースポット「金劔宮」と「鶴来」を観光する](https://sengoku-story.com/2023/01/07/kaga-trip-0015/) - 正式文献で「金劔宮」とされる「金剣宮」(きんけいぐう)の歴史は、崇神天皇時代までさかのぼる。義経伝説あり、鶴来の歴史あり。また、金運、パワースポットとして全国的にも有名な「金剣宮」 は一度訪れてみたい神社のひとつである。純粋な気持ちになってご参拝下さい。 - [石川県・白山市の「舟岡城」と「鶴来」を巡る](https://sengoku-story.com/2023/01/07/kaga-trip-0012/) - 加賀『舟岡城』は、城鳥越城攻めにおける最初の難関として立ちはだかる。 舟岡城のある白山市の鶴来は、醤油、味噌、酒蔵などが並ぶ山郷にて、どこか懐かしい雰囲気が漂う観光エリアである。 舟岡城の周辺には、白山比咩神社、金剣宮、そして国の登録有形文化財である加賀一の宮駅「旧加賀一の宮駅」も一見の価値あり。 - [七尾「山王神社」として慕われる大地主神社の歴史](https://sengoku-story.com/2022/11/01/noto-trip-0003/) - 七尾の初詣と言えば、「山王さん」として親しまれる「山王神社」である。現在正式には、『大地主神社』(おおとこぬしじんじゃ)』とされ、養老年間より歴史がある神社である。「畠山義統」「豊臣秀吉」「前田利家」などに所縁あり、日本一のデカ山が登場する「青柏祭」、祇園祭りの中心となるこの神社に初参り以外にも訪れてみてください。 - [桜の名所「小丸山城址公園」と前田利家が築いた出世の象徴「小丸山城跡」](https://sengoku-story.com/2023/01/14/noto-trip-0008/) - 桜の名所として知られる七尾市「小丸山城址公園」は、前田利家が築いたことは、市民にもあまり知られていない。 能登七尾城は、戦国の城として近年は認知されてきているものの、小丸山城の人気は今ひとつ。 桜の花見には、この小丸山城跡を前田利家の出世の将として散策してほしいものである。 - [二曲城跡と大日川から見る白山麓門徒王国](https://sengoku-story.com/2023/01/07/kaga-trip-0013/) - 鳥越城と共に加賀一向一揆拠点の双璧をなした「二曲城」(ふとげじょう)。戦国の覇王「織田信長」の加賀侵攻における白山麓三大城跡「鳥越城」「二曲城」「舟岡城」が一向一揆の終結の歴史を語り継ぐ。 「鳥越一向一揆まつり」を通じて、「鳥越城跡附二曲城跡」そして、加賀一向一揆最後の砦の歴史をお楽しみください。 - [日本最大級の磨崖仏不動明王、白山市の「一閑寺」](https://sengoku-story.com/2023/01/07/kaga-trip-0014/) - [鳥越城跡が語る加賀一向一揆の歴史](https://sengoku-story.com/2023/01/07/kaga-trip-0011/) - 加賀一向一揆の本拠地となった石川県「鳥越城」の歴史は、一向一揆の終結の歴史として語られることが多い。仏敵「織田信長」の加賀侵攻に毅然として立ち向かった白山麓一揆勢の総大将「鈴木出羽守」と織田軍団「柴田勝家」との死闘。そして、門徒ら300人が磔に処せられた悲惨な歴史を鳥越城跡が語りかける。 - [宝達志水町「押水」に伝わる金山「宝達山」](https://sengoku-story.com/2023/01/07/noto-trip-0005/) - 羽咋郡宝達志水町の象徴としてモーゼ伝説にも登場する『宝達山』ほうだつさん。 晴れた日には、宝達山の山頂にある展望台からは、立山を望む事が出来、紅葉を楽しむ若者のドライブコースとして沢山の観光客が訪れる。 金箔で有名な金沢の富豪大名「前田利家」「前田利長」親子にも所縁があり、歴史ある日本の山の一つとして存在感を示す。 - [宝達志水町「敷浪」の桜の名所「やわらぎの郷」](https://sengoku-story.com/2023/01/09/noto-trip-0007/) - [花見でも有名な宝達志水町「志雄」の桜の名所「志乎・桜の里 古墳公園」](https://sengoku-story.com/2023/01/07/noto-trip-0006/) - [石川県小松市にて「史跡」を巡る歴史イベント「小松戦国物語~史跡一興」](https://sengoku-story.com/2019/03/22/komatsu-event01/) - 2007年11月、石川県小松市にて開催された歴史イベント、小松戦国物語「史跡一興」のイベント内容を掲載しました。須天熊野神社をメイン会場に浅井畷古戦場、木場潟、小松城址公園など小松市の「史跡」「観光スポット」を巡るバスツアー内容をご覧ください。 - [津幡町・大坪の「金山彦神社」と「金山彦神」](https://sengoku-story.com/2023/01/04/tsubata-trip-0029/) - 石川県内でも2社しか存在しない「金山彦神社」。津幡町・大坪の金山彦神社は、1848年頃、当時の八幡神社と金山彦神社(かなやまひこじんじゃ)が相殿(あいどの)となったことに始まり現在に至るが、金沢市蚊爪町の金山彦神社と同様、イザナギノミコトを知るうえで重要な神社である。 - [仏御前の里と絶世の美女が生まれた小松市原町](https://sengoku-story.com/2023/01/05/hotokegozen01/) - 現在の小松市原町「軽海郷」から京へ上り平清盛の寵愛を受けた白拍子『仏御前』。 原町には、今でも平家物語にも登場し、絶世の美女としても知られた「仏御前」の伝説が語り継がれ、静かな郷「原町」は、『仏御前の里』と親しまれ、知る人ぞ知る観光スポットとなっている。 - [白鳥の飛来地『河北潟』の歴史](https://sengoku-story.com/2022/12/17/tsubata-trip-0028/) - 白鳥の飛来地としても有名な河北潟。12月になると、毎年沢山の撮影者が訪れ白銀の中で羽を休める白鳥の姿を撮るためシャッターチャンスを続ける。春になり白鳥がシベリアへ帰った後は、桜の花を筆頭に、美しい花が咲き誇る中、ソフトクリーム、ヨーグルト、牧場を楽しみに子供連れの家族が押し寄せる観光地と姿を変える。 - [聖徳太子像の伝説「御手洗池(みたらしいけ)」石川県津幡町北横根](https://sengoku-story.com/2020/04/20/sengoku-trip-sansyuu0002/) - 石川県津幡町北横根における隠れ歴史スポット「御手洗池(みたらしいけ)」。北横根からは、北に倶利伽羅、東に富山県小矢部市、南に金沢市と山中における分岐点として1300年代から1500年代に渡る歴史、そして加賀・越中の国境を越えた伝説が楽しめます。 - [秀雅上人が継承した倶利伽羅村と、等身大と伝えられる『秀雅上人像』](https://sengoku-story.com/2022/11/24/tsubata-trip-0026/) - 倶利伽羅の中興の祖として語り継がれる『秀雅上人』。 前田利家からの信頼を得る事から、荒廃した「倶利伽羅村」の再建を託されると共に、後に前田利光から倶利伽羅を永代寄進される。 現在の倶梨伽羅に継承された歴史が残るのは、秀雅上人の功績であり、歴史国道「北陸道」の上人の等身大座像『秀雅上人像』がいまでも倶利伽羅峠を見守る。 - [勝山城博物館★越前戦国物語その後①勝山の攻防~一向宗の反撃](https://sengoku-story.com/2019/04/07/echizen-after001/) - 717年(養老元)泰澄大師により開かれ、白山信仰の聖地と言われる「平泉寺」は、義景を裏切った景鏡に加担するが、一向宗の攻撃により陥落。ここで越前における朝倉支配が完全に終わりを告げる。越前戦国物語その後①は、福井県勝山市の観光スポット「勝山城博物館」を旅します。 - [富山の真言密宗 「大岩山日石寺」と不動明王](https://sengoku-story.com/2021/11/13/echu-trip-0008/) - 富山の上市町「大岩山日石寺」にっせきじ(富山県中新川郡上市町大岩)は、725年から立山の山岳信仰として現在まで続く。富山「日石寺」の磨崖仏「不動明王像」は全国的にも有名であり、境内には、「六本滝」「メグスリノキのお茶」「日石寺の藤水」などパワースポットがあり家族でも楽しめる。 - [山口宗永と大聖寺城に伝わる加賀の戦国史](https://sengoku-story.com/2021/11/02/kaga-trip-0007/) - 関ヶ原へ急ぐ「前田利長」の大軍勢を相手に戦った玄蕃こと「山口宗永」と「大聖寺城」。鎌倉時代から続く歴史を感じることが出来る「錦城山」と大聖寺藩および、大聖寺藩三代当主「前田利直」大聖寺藩の面影残す「長流亭」は、金沢城下とは違った小さな魅力を味わうことが出来ます。 - [津幡九折「峠の神様」と「倶利伽羅山八大龍王神」](https://sengoku-story.com/2022/04/11/tsubata-trip-0023/) - 津幡町の倶利伽羅地区にて「峠の神様」と親しまれる九折「倶利伽羅山八大龍王神」。天田峠を渡った修験道が龍神(自然石)を運び安置したことが始まりであり、地滑りなどで難航した天田峠改修工事の際、小さな祠を建てて倶利伽羅山八大龍王神を安置したところ、工事は無事完成したと伝わる。 - [北加賀「津幡」における一向一揆の拠点「鳥越弘願寺」とりごえぐがんじ](https://sengoku-story.com/2021/09/16/tsubata-trip-0006/) - 一向一揆勢力が盛んであった北陸。小松の波佐谷、金沢の尾山御坊など。そして北加賀「津幡」にも、一向宗の拠点と呼べる国が津幡町笠谷地区に存在した。「鳥越弘願寺」(とりごえぐがんじ)である。千三百年代から存在した鳥越弘願寺を中心に城郭都市として栄えたスモールワールドは歴史愛好家の中でも興味深い史跡として評価されている。 - [北薩戦国物語プロローグ② | 島津の九州制覇「九州制覇戦」](https://sengoku-story.com/2022/01/18/ss-hokusatsu-prologue02/) - 薩摩・大隅・日向の三州統一を果たした島津家に更なる強敵「豊後の大友宗麟」が現れる。五万を超える大軍勢を南下させた宗麟。これを機に島津4兄弟の九州制覇戦が始まるが、同時に、九州三国志の幕開けでもあった。 - [真宗王国・金沢の誕生★尾山城(現在の金沢城)](https://sengoku-story.com/2019/03/14/kanazawa-sub-sinsyuu/) - [倶利伽羅合戦における木曽義仲と津幡町「王城」](https://sengoku-story.com/2021/12/27/tsubata-trip-0010/) - 倶利伽羅峠の戦いにて大勝利した「木曽義仲(源義仲)」と源氏軍が傷を癒した津幡町北中条「王城」(おうじょう)。 現在でも、この「王城」以外にも、県道215号線沿いには、北中条の「三輪神社」、花園の「波自加弥(はじかみ)神社」など、木曽義仲伝説が数多く存在する。 - [石川県津幡町の日本三不動尊「倶利迦羅不動寺」](https://sengoku-story.com/2020/05/06/sengoku-trip-sansyuu0003/) - インドの高僧「善無畏三蔵法師」「弘法大師(空海)」そして、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場する「木曽義仲」がゆかりの石川県津幡町の日本三不動尊『倶利迦羅不動寺』。倶利迦羅不動明王のご利益が得られるパワースポットであり、毎年夏には、西之坊鳳凰殿 にて「万灯会・燈籠流し」が開催されます。 - [大物主命を祭神とする津幡の三輪神社](https://sengoku-story.com/2022/03/17/tsubata-trip-0014/) - 大物主命をはじめ八神を祀る津幡町北中条の三輪神社。 井上郷十七村の総社として仰がれた三輪神社であるが、前田利常夫人「天徳院」が慶長18年に社殿を建立。現在は、旧国道8号線、IR石川線路が横切るが、旧北陸道にある正面の鳥居から向かうと情緒がある。 - [第6章・熾烈な退却戦!浅井畷の戦い](https://sengoku-story.com/2019/02/16/komatsu-main006/) - 越前、大聖寺から兵を返した前田軍は、再び木場潟を通過する。金沢への退却路において避けられない難所「浅井畷」が存在する。丹羽長重は、その浅井畷と呼ばれる狭き湿地帯を大軍である前田軍が通過する機をじっと待ち続けた。小松戦国物語のクライマックス「浅井畷の戦い」をお届けします。 - [津幡町浅田「井上三輪神社」とウワミズザクラ](https://sengoku-story.com/2022/03/17/tsubata-trip-0013/) - ウワミズザクラが咲き誇り大物主命を祀る津幡町浅田の井上三輪神社。 臼池神社を合併、分離しながら昭和に入り古称の『井上三輪神社』(いのうえみわじんじゃ)に改称するに至る。 旧国道8号線、IR石川線路沿いに浅田の井上三輪神社、北中条の三輪神社から金沢市利屋の日吉神社、波路上神社へと続く神社巡りがお勧めです。 - [平維盛と倶利伽羅峠の戦い(猿ヶ馬場)の平家軍本陣跡](https://sengoku-story.com/2022/01/15/tsubata-trip-0011/) - 現在におけるイケメン武将として「光源氏の再来」と称された平維盛(たいらのこれもり)。源平合戦、源平の戦い「治承・寿永の乱」における倶利伽羅峠の戦いにて平維盛が本陣とした猿ヶ馬場(さるがばば)[津幡町~小矢部市]の平家軍本陣跡と平維盛の生涯を紹介する。 - [前田利家の危機を救った能登「末森城」と城主「奥村永福」](https://sengoku-story.com/2021/09/27/noto-trip-0001/) - 秀吉、徳川の代理戦争「前田佐々抗争」の実質上の最終決戦となった「末森城の戦い(末森の合戦)」。宝達志水町で繰り広げられたこの戦いは、前田利家と佐々成政の運命を左右することになるが、能登『末森城』と末森城主『奥村永福』の奮闘が、前田利家を救うことになる。 - [ショウガなど香辛料の神様を祀る石川県・森本『波自加彌神社』(はじかみじんじゃ)](https://sengoku-story.com/2022/02/25/kaga-trip-0005/) - 石川県・森本にあり生姜などの香辛料を祀る珍しい神社『波自加彌神社』(はじかみじんじゃ)。波自加彌神社の前には、県道215号線に並走する遊歩道もあり特に春になると梅、桜などが咲き誇り、北の日吉神社から波自加彌神社を経由し金沢市の堅田城まで春を楽しむことが出来ます。 - [金沢市「堅田城跡」から河北潟、日本海を眺める](https://sengoku-story.com/2022/02/25/kaga-trip-0006/) - 金沢市堅田町にある堅田城跡は、山側環状線の森本トンネルの真上に存在し、頂上からは、河北潟、さらに日本海を見渡すことが出来る絶景スポットとなっている。弥生時代から中世までの歴史ある堅田の山、そして『堅田城』は、越中から加賀へ続く北加賀「最後の砦」であった。 - [朝倉氏滅亡とその後の越前~柴田勝家が築城した越前国「北ノ庄城 」](https://sengoku-story.com/2019/04/07/echizen-after002/) - 信長により百年近くに渡り越前を支配した「戦国朝倉氏」が滅亡した。信長は、配下の将「柴田勝家」に北ノ庄を与え、後に現在の福井市大手に柴田勝家が築城した「北ノ庄城」が誕生する。北ノ庄の戦いで悲劇の城として沢山の人が訪れる「北ノ庄城跡」であるが、江戸期この城を更に取り込む形で広大な福井城が結城秀康によって築城された。 - [②越前の要衝!丸岡城★丸岡城(福井県坂井市丸岡町霞町)](https://sengoku-story.com/2019/03/30/echizen-main002/) - 遂に織田軍が越前侵攻を開始。敵の総大将は鬼柴田「柴田勝家」である。後の丸岡城主となる「柴田勝豊」を引き連れ朝倉軍蹴散らし、一乗谷に迫る。 - [北薩戦国物語探訪★第一章・薩摩騒然!関白秀吉の北薩入り~東洋のナイアガラ(曽木の滝) 【伊佐市】](https://sengoku-story.com/2022/01/19/hokusatsu-main001/) - 秀吉と島津の講和成立後、秀吉は、東洋のナイアガラ『曽木の滝』を見物し薩摩から撤退することを伝えた。 案内人を務めた鬼武蔵『新納忠元』も恐れられた武人である。 隙あらば、秀吉を滝へ突き落とそうと頭をよぎる忠元であった。 しかし、秀吉は、警戒を怠らない。 今でも、曽木の滝には、忠元と秀吉のエピソードが語り継がれる。 - [不動ヶ池(ふどうがいけ)倶利伽羅](https://sengoku-story.com/2021/09/26/tsubata-trip-0007-2/) - 善無畏三蔵が「不動ヶ池」から大蛇を追い払うことで歴史が始まった「倶利迦羅不動寺」は、三蔵、空海、大伴家持と、歴史的人物が訪れた地である。初めて、倶利迦羅不動寺、手向神社へ参られる方は、不動ヶ池(手向神社が側駐車場から)を先に見学することをお勧めします。 - [ライトアップで蘇る前田利家と「金沢城」の歴史](https://sengoku-story.com/2021/10/02/kaga-trip-0002/) - 加賀百万石の祖である「前田利家」の居城「金沢城」(石川県金沢市)。石川門、兼六園と共に、金沢市の代表「観光スポット」です。特に大勢の観光客が「戸室石」を用いた石垣を映し出す『金沢城ライトアップ』は大人気。北陸新幹線に乗り金沢城の歴史と金沢観光をお楽しみください。 - [霞ヶ城伝説!丸岡城の城主「柴田勝豊」と日本最古の天守閣を観光する](https://sengoku-story.com/2021/11/04/echizen-trip-0002/) - 柴田勝家の甥「柴田勝豊」が築城した交通の要衝「丸岡城」坂井市丸岡町。守護神である大蛇が登場する「霞ヶ城伝説」から霞ヶ城(かすみがじょう)とも呼ばれる。日本最古の現存する天守閣は、観光スポットであり一見の価値有り。城主「柴田勝豊」を含む丸岡城の歴史は、丸岡歴史民俗資料館でご覧いただけます。 - [萩まつりで賑わう福井市足羽の「瑞源寺」 と福井藩主「松平家」の歴史](https://sengoku-story.com/2021/12/25/echizen-trip-0004/) - 毎年9月には、萩まつりで賑わう萩の寺として有名な福井「瑞源寺」。 福井藩主「松平家」の菩提寺でもある瑞源寺は、白山信仰で有名な泰澄大師によって創建され、福井市足羽にある1200年の歴史を持つ臨済宗のお寺です。また、足羽山には、26代天皇「継体天皇」の伝説があるとか! - [越前戦国物語プロローグ② | 越前(福井)の名門「朝倉家」と戦国朝倉家](https://sengoku-story.com/2019/03/27/ss-echizen-prologue02/) - 主君「斯波氏」から守護の座を奪い、長きにわたり現在の福井である越前の支配者として君臨した「越前朝倉家」。栄華を誇った「越前朝倉氏」であったが、1567年の朝倉義景の時代。乱れる室町幕府のちの将軍「足利義昭」が越前に現れることにより「静かにて治まる国」が揺れ始めるのであった。 - [佐々成政と黒百合伝説~クロユリの花言葉から見る悲劇](https://sengoku-story.com/2021/11/10/etsuhi-after004/) - 佐々成政が「さらさら超え」の際、側室「小夜子」の密通が噂され小夜子を斬った成政。その後に訪れる成政の悲劇と、立山に咲き誇る黒百合伝説(クロユリ伝説)は、NHK大河ドラマなどでも度々演じられる。佐々成政、そして「霊峰立山」は、今でも富山の誇りとして親しまれている。 - [越飛戦国物語プロローグ② | 佐々成政、越中の領主へ](https://sengoku-story.com/2019/04/15/ss-etsuhi-prologue02/) - 織田信長・北陸制圧軍の最前線「越中」に陣する、黒毋衣衆「佐々成政」。 ライバルの前田利家と共に、北陸遠征にて手柄を立てた成政は、富山城を拠点に戦国でも最強と謳われた上杉軍と激戦を広げることになる。 - [越飛戦国物語プロローグ③ | 秀吉の台頭~しかし成政は違った。](https://sengoku-story.com/2019/04/16/ss-etsuhi-prologue03/) - 戦国時代における大事件「本能寺の変」。この事件により「佐々成政」真の波乱の人生が始まる。信長の死後、旧織田軍団の将達の中には、秀吉と誼を通じる者が出始めた。前田利家、金森長近をはじめ、細川幽斎、丹羽長秀までもが秀吉の風下に立つ道を選ぶ中、成政だけは違った。 - [越飛戦国物語プロローグ① | 旧織田軍団](https://sengoku-story.com/2019/04/15/ss-etsuhi-prologue01/) - 室町幕府を滅ぼし、実質の天下人となった「織田信長」であったが、中国、四国、九州、関東には、まだまだ従わない大名の存在があった。織田信長の全国統一のため、北陸制圧に向かう織田軍団の長「柴田勝家」。その中には、前田利家とともに黒毋衣衆「佐々成政」の姿があった。 - [佐々成政の加賀侵攻前線基地「龍ヶ峰城」石川県津幡町(りゅうがみねじょうし)](https://sengoku-story.com/2021/07/22/tsubata-trip-0002/) - 加賀「前田利家」の朝日山城、そして津幡城に対する防御線として改修された城が、越中「佐々成政」の前線基地である津幡町の「龍ヶ峰城」である。これら、倶利伽羅峠に位置する城は、加賀・越中の橋頭保であり、「龍ヶ峰城址」(石川県河北郡津幡町山森)は、前田、佐々が激しき争った歴史が色濃く残る。 - [越前戦国物語プロローグ④ | 義景と信長](https://sengoku-story.com/2019/03/28/ss-echizen-prologue04/) - 有名無実であった室町幕府の将軍「足利義輝」の死と同時に、その後継である義秋、後の足利義昭の争奪レースが始まった。この義昭を手に入れたものは即ち影の権力者となる。最初は、義景の元へ訪れた義昭であったが、野心無き心の内を見切ると、信長の元へ流れてしまう。 - [越前戦国物語プロローグ③ | 「百姓の持ちたる国」と一向宗とは?](https://sengoku-story.com/2019/03/27/ss-echizen-prologue03/) - 浄土真宗門徒とイコールとして誤解されがちな「一向宗」。一向宗とは、宗派と違い、特定の行動や習慣などを共有するかたまりである。少々例えは古いが「コギャル」や「○○族」のようなものであり、一向宗は、「百姓の持ちたる国」特に北陸地方(加賀・能登・越中・越前)に多かった。 - [①国境震撼!加賀江沼一向宗★吉崎御坊(福井県あわら市吉崎)](https://sengoku-story.com/2019/03/28/echizen-main001/) - 1472年に本願寺第8世法主「蓮如」が、浄土真宗を北陸布教の拠点としてはじまったのが、現在の「あわら市」にある吉崎寺「吉崎御坊」である。越前朝倉家と長きにわたり争った、江沼の一向宗も織田信長侵攻により朝倉家同様、存亡の危機に立たされる。吉崎御坊の願慶寺の「お面」は、有名であり「肉付きの面」として安置されています。 - [須天熊野神社](https://sengoku-story.com/2021/10/30/komatsu-trip-0001/) - 石川県小松市の須天熊野神社は、昔から「いぼ池さん」と呼ばれてきました。その理由は、境内にある「池」にあります。この水を塗るとイボが治るなど伝説の水として伝えられる。また、小松の「いぼ池」では、毎年、尾坂宮司が描くジャンボ絵馬の干支絵も大人気。 - [石川県小松市大領町の「浅井畷古戦場」(あさいなわてこせんじょう)と北陸の関ヶ原と謳われた「浅井畷の戦い」を巡る](https://sengoku-story.com/2019/03/18/sengoku-trip-hokuriku0003/) - 「北陸の関ヶ原」と語り継がれる「浅井畷の戦い」(あさいなわてのたたかい)の主戦場。石川県小松市の浅井畷古戦場は、民家の中に存在する珍しい古戦場であり、歴戦の将「長連龍」「丹羽長重」とは異なり、数少ない戦歴の前田利長における貴重な記録である。 - [「和田山城跡」石川県能美市~北陸の関ヶ原の戦いは、ここから始まる](https://sengoku-story.com/2019/02/27/sengoku-trip-hokuriku0001/) - 後に、北陸の関ヶ原と呼ばれた前田利長の中央出兵。金沢から出陣した前田軍は、丹羽長重の立て籠もる小松城、そして小松(現在の小松市)を見下ろす能美「和田山城」に陣を構えた。石川県能美市の和田山城は、「和田山古墳群」「末寺山古墳群」「能美市立歴史民俗資料館」も同時に楽しめる史跡スポットである。 - [北薩戦国物語探訪★四章・鬼武蔵!新納忠元の忠義~忠元神社と新納忠元ものがたり【伊佐市】](https://sengoku-story.com/2022/01/22/hokusatsu-main004/) - 鬼武蔵と謳われた大口地頭「新納忠元」。島津家の降伏後も、天下人秀吉相手に一歩も引かない堂々たる姿は、新納忠元を祭神とする「忠元神社」で感じることが出来ます。伊佐市にて「新納忠元ものがたり」の旅を楽しんでください。 - [島津義久から義弘へ、秀吉の九州平定後における島津宗家「島津義弘」の謎](https://sengoku-story.com/2022/01/29/hokusatsu-after001/) - 関白秀吉により九州平定後、島津義久に代わり島津義弘が薩摩島津家十七代当主となった。秀吉の出生を疑問視する義久に対し、秀吉を過小評価しない義弘。二人の間では、政策などに大きく差が生まれ、鉄の絆と羨まれた兄弟にも徐々に亀裂が生じていくことに。 義弘、謎の当主説に迫る。 - [北薩戦国物語探訪★五章・義久の涙!わが首は白雲のうえと~島津歳久と新岳寺【鹿児島市吉野町(竜ヶ水)】](https://sengoku-story.com/2022/01/22/hokusatsu-main005/) - 宮之城における秀吉襲撃事件、そして「梅北一揆」。度重なる島津歳久の行動に怒りをあらわにする秀吉。それにより戦国島津において最大の悲劇が起きる。島津家存続のため、歳久を誅する決断を下した兄「島津義久」は、「島津歳久」を討つため「心岳寺」に兵を差し向けた。 - [倶利伽羅古戦場(くりからこせんじょう)石川県津幡町倶利伽羅](https://sengoku-story.com/2021/07/21/tsubata-trip-0001/) - 源平合戦の一つ「倶利伽羅峠の戦い」が繰り広げられた小矢部市の倶利伽羅古戦場跡地。 春には、八重桜が咲き誇り「花見の名所」としても有名である。 津幡町から小矢部市に続く倶利伽羅峠には、倶利迦羅不動寺、埴生八幡、地獄谷など数々の史跡、歴史スポットが存在します。 - [倶利迦羅不動寺の境内にある津幡町倶利伽羅の「手向神社」](https://sengoku-story.com/2021/09/26/tsubata-trip-0007/) - 万葉集で有名な「大伴家持」「大伴池主」所縁の津幡町・倶利伽羅「手向神社」。木曽義仲が登場する倶利伽羅古戦場に近く、旧北国街道(旧北陸道)に隣接する倶利迦羅不動寺の境内にある手向神社ですが、初めての方は、参拝する前に「不動ヶ池」に立ち寄ることをお勧めします。 - [北薩戦国物語探訪★三章・徹底抗戦!島津の意地~島津歳久による祁答院、宮之城の秀吉襲撃事件【さつま町(鶴田・宮之城)】](https://sengoku-story.com/2022/01/22/hokusatsu-main003/) - 宮之城、鶴田をはじめ、祁答院十二郷を治めた島津歳久。 島津征伐も終え、帰還する秀吉の籠に矢を放った伝説が残るのは、 義弘をも凌駕すると噂された武勇はじめ、気骨な性格の歳久を慕った家臣の忠義の表れか。 いずれにせよ、本領の宮之城を無傷で通過させるのは、武人「島津歳久」にとっては、許せなかったのであろう。 - [北薩戦国物語プロローグ① | 薩摩島津氏と惟宗広言の歴史](https://sengoku-story.com/2022/01/17/ss-hokusatsu-prologue01/) - 惟宗広言の子、後の「島津忠久」を初代とし、鎌倉初期に近衛家領荘園「島津荘」入りした薩摩島津氏。令和に入った現在も続く島津家であるが、戦国時代には、義久・義弘・歳久・家久の島津四兄弟を中心に戦国末期最強の軍団として名を轟かせた。島津氏の家紋は「丸に十の字」である。 - [北薩戦国物語探訪★第二章・守護の決断!義久無念の降伏~甲冑工房丸武(旧川内戦国村)【薩摩川内市】](https://sengoku-story.com/2022/01/22/hokusatsu-main002/) - 大兵団を率いる関白「豊臣秀吉」に衆寡敵せず。守護「島津義久」は、剃髪後に秀吉が陣する現在の薩摩川内市『泰平寺(たいへいじ)』へ向かう。甲冑工房丸武(旧川内戦国村)では今でも、その様子が演出され、当時の秀吉による「九州征伐」「島津征伐」の歴史を楽しむことが出来る。また、甲冑工房丸武は、時代劇の甲冑制作でも有名である。 - [北薩戦国物語プロローグ④ | 第二次九州征伐](https://sengoku-story.com/2022/01/18/ss-hokusatsu-prologue04/) - [佐々成政、秀吉に恭順](https://sengoku-story.com/2019/04/29/etsuhi-after001/) - 黒百合伝説、小夜子の怨念か?秀吉と最後まで戦いながらも無念の恭順。肥後復帰も秀吉の策略であったことは、成政も承知の上であったと思われる。 「立山に黒百合が咲いたら佐々は滅びますぞ」・・ - [豊臣秀吉、全国制覇の行方](https://sengoku-story.com/2019/05/03/etsuhi-after003/) - [Nagamachi Buke yashiki District(長町武家屋敷跡)金沢市](https://sengoku-story.com/2021/10/11/kaga-trip-0003/) - 現代に溶け込んだ侍の屋敷と、せせらぎ。 A haunted house and a serenity that blends into the modern age. 用水を取り込んだ景観は粋です。 The landscape that takes in the water is cool. - [Kanazawa Castle(金沢城)金沢市](https://sengoku-story.com/2021/10/02/kaga-trip-0001/) - A haunted house and a serenity that blends into the modern age. The landscape that takes in the water is cool. - [その後の越中と飛騨](https://sengoku-story.com/2019/04/30/etsuhi-after002/) - [③戦火迫る!永平寺五百羅漢★永平寺(福井県吉田郡永平寺町)](https://sengoku-story.com/2019/03/30/echizen-main003/) - 曹洞宗の大本山「永平寺」にも織田軍団が押し寄せた。比叡山ですら焼き討ちにした信長である。永平寺といえど、無事にはすまない可能性もある。永平寺五百羅漢にすがる僧たちであった。 - [織田信長の北陸制圧の行方](https://sengoku-story.com/2019/04/07/echizen-after003/) ## 固定ページ - [戦国の舞台へ――物語で巡る史跡旅](https://sengoku-story.com/) - 戦国物語探訪シリーズは、戦国時代「小説」を読みながら「朝倉義景」「前田利家」などの「戦国武将」ゆかりの『史跡を巡る』歴史観光ガイドです。歴史を通じて景観が存在し、その姿に浸り自分を振り返る。是非あなたも、戦国時代を舞台とした物語の旅をお楽しみください。 - [日本の伝説のまとめ](https://sengoku-story.com/jp-densetu/) - [運営者&作者情報](https://sengoku-story.com/運営者&作者情報/) - [戦国物語探訪シリーズの旅リスト ~マイナー戦国大名も登場](https://sengoku-story.com/home/list/) - 戦国時代小説を元にした戦国物語探訪シリーズの旅リストをご案内。上杉謙信、前田利家、朝倉義景など戦国の英雄のほか、前田利長、島津歳久、佐々成政など日頃はスポットが当たらない『マイナー戦国武将』も登場。さあ今から、戦国物語の一人旅に出かけよう。 - [プライバシーポリシー](https://sengoku-story.com/privacy-policy/) - [お問い合わせ](https://sengoku-story.com/contact-us/) - [前田利家と佐々成政が繰り広げるライバル対決「倶利伽羅戦国物語~前田・佐々抗争」](https://sengoku-story.com/home/kurikara/) - 石川県河北郡津幡町「倶利伽羅」を舞台とした戦国物語探訪シリーズ第6弾。 織田信長の死後、その後継者たる「豊臣秀吉」により翻弄される二人のライバル「前田利長」と「佐々成政」。 そして、秀吉に臣従した利家、膝を屈しない成政の戦いは、後に『前田・佐々抗争』と謳われる戦いへと発展していくことになる。 - [北薩戦国物語~晴蓑「島津歳久」の最後](https://sengoku-story.com/home/hokusatsu/) - 関白秀吉に降伏のため、秀吉が待つ薩摩川内へ向かう決心をするも、次男「義弘」が武装解除をしない。 さらに、三男「島津歳久」が秀吉に弓を弾く事から、鉄の絆と呼ばれた四兄弟に悲劇が訪れる。 義久の涙と、島津歳久の魂が彷徨う竜ヶ水「平松神社」(心岳寺)を舞台に、北薩を旅する戦国物語探訪シリーズ第6弾。 - [手取川戦国物語~手取川の戦いからシミュレーションする「はねる上杉謙信」と「逃る織田信長」](https://sengoku-story.com/home/tedorigawa/) - 上杉謙信の攻撃により、窮地にたたされた「能登七尾城」を救出すべく、織田信長の北陸制圧部隊が「手取川」南岸に陣を張った。柴田勝家と羽柴秀吉が口論する中「手取川の戦い」が口火を切る。戦は数にあらずの言葉通りに、上杉に逢ふては織田も名取川(手取川)。越後の龍「上杉謙信」の真骨頂ここにあり。 - [越飛戦国物語~諦念、伝わらぬ佐々成政の想い](https://sengoku-story.com/home/etsuhi/) - 富山県の富山市、魚津市、岐阜県の白川郷、高山市を舞台としたシリーズ第3弾。この越飛戦国物語は、感動を目的に天正期越中国の領主、佐々成政を主人公とし、信長亡き後天下人に君臨した秀吉に対する男の意地を旅して頂く観光コースであります。 - [越前戦国物語~揺れる朝倉家、織田信長の北上](https://sengoku-story.com/home/echizen/) - 福井県の福井市、大野市、勝山市、永平寺町、丸岡市、そして、石川県の加賀市を舞台としたシリーズ第2弾。一乗谷朝倉氏遺跡からその栄華がうかがえる越前国に戦国覇王の魔の手が伸びる。越前の名門、朝倉義景を主人公とし、朝倉家、織田信長、一向宗の物語を旅して頂く観光コースであります。 - [金沢戦国物語~前田利家の苦悩と大城下町金沢形成を巡る金沢観光コース](https://sengoku-story.com/home/kanazawa/) - わずか数万石の身から、百万石という大身へと出世を果たした『前田利家』。この金沢戦国物語は、前田利家になりきり金沢大城下町形成の夢、そして苦悩の物語を巡る金沢観光コースであります。前田利家の所縁ある金沢の「観光スポット」を物語を読みながらお楽しみください。 - [前田利長が主人公の小説「小松戦国物語~前田利長、関ヶ原へ急ぐ」](https://sengoku-story.com/home/komatsu/) - 石川県小松市を舞台とした戦国物語探訪シリーズ第1弾。秀吉の死後、家康により翻弄される前田家当主「前田利長」の葛藤を描く。加賀藩文化の礎を築いた「前田利政」も登場。関ヶ原の戦いにおける「北陸の関ヶ原」と謳われた「浅井畷の戦い」が最大の見所。小説を読みながらの小松市「史跡」の旅をお楽しみください。 - [津幡町の史跡「観光」を目的別で知りたい](https://sengoku-story.com/tsubata-kanko/) - 金沢駅から三駅と金沢市に隣接する「津幡町」。史跡、パワースポットなど津幡町の観光スポットを目的別で見ることが出来るページを開設しました。倶利伽羅、源平合戦、花見スポットなど津幡町の観光パンフレット代わりにご利用ください。津幡の魅力が満載です。 - [戦国物語探訪シリーズの観光スポット](https://sengoku-story.com/sengoku-trip/) - 戦国物語探訪シリーズに登場する「史跡」「観光スポット」を紹介します。 - [戦国物語プチ観光コース](https://sengoku-story.com/course/) - マイナー史跡、マイナースポットを含む史跡を物語に準じた観光コースをご案内。 ## カテゴリー - [戦国物語からのお知らせ](https://sengoku-story.com/category/ss-notice/) - [小松戦国物語~能美市・小松市の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/komastu/) - [越前戦国物語~朝倉義景の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/echizen/) - [越飛戦国物語~佐々成政と富山市の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/etsuhi/) - [金沢戦国物語~金沢市の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/kanazawa/) - [石川県津幡町の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/tsubata/) - [能登の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/noto/) - [加賀の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/kaga/) - [富山県の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/toyama/) - [福井の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/fukui/) - [岐阜の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/gifu/) - [北薩戦国物語~鹿児島県・鹿児島市の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/hokusatsu/) - [手取川戦国物語~手取川の戦い古戦場を巡る白山市・能美市の観光(歴史・史跡)](https://sengoku-story.com/category/tedorigawa/) - [関西の観光スポット](https://sengoku-story.com/category/kansai/) - [日本の伝説&古史古伝](https://sengoku-story.com/category/densetu/) ## タグ - [薩摩島津氏](https://sengoku-story.com/tag/薩摩島津氏/) - [島津忠久](https://sengoku-story.com/tag/島津忠久/) - [若狭島津氏](https://sengoku-story.com/tag/若狭島津氏/) - [島津忠季](https://sengoku-story.com/tag/島津忠季/) - [惟宗広言](https://sengoku-story.com/tag/惟宗広言/) - [順徳上皇](https://sengoku-story.com/tag/順徳上皇/) - [英田](https://sengoku-story.com/tag/英田/)