1.1 今石動城とは?

富山県小矢部市の白馬山(標高約186メートル)に築かれた山城『今石動城(いまいするぎじょう)』。
能登西部(現在の七尾市、中能登町)と越中北東部(現在の氷見市)の国境にある石動山(せきどうさん)には、南北朝以前から山頂に『伊須流岐比古神社(いするぎひこじんじゃ)』が存在した。
その伊須流岐比古神社を勧請し、白馬山山頂には現在でも伊須流岐比古神社がある。
1586年(天正13)頃に越中支配の為「前田利家」が築城したとされるが、勧請した伊須流岐比古神社から『新しい石動(いするぎ)』として『今石動(いまいするぎ)』と名付けたと伝えられる。
白馬山の山頂一帯に築かれた山城は、現在「城山公園」として整備され花見スポットとしても人気がある。

1.2 今石動城の所在地

□ 富山県小矢部市
  富山県小矢部市城山町
  あいの風とやま鉄道「石動駅(いするぎえき)」から徒歩約20分

2.今石動城歴代城主

2.1 前田利家の越中支配拠点として

加賀「前田利家」と越中「佐々成政」の争い『前田・佐々抗争』中で、利家が越中支配の足がかりとなる城として築城。
当初は利家の弟『前田秀継』が城主として城を守ったが、死後は秀継の子『前田利秀』が城主となる。
その利秀も1593年(文禄2)に亡くなり、家臣の『篠島織部清了(ささじまおりべきよのり)』が城代として任に就く。
その後、1594年(文禄3)頃になると佐々氏の脅威も無くなったことから廃城となり、江戸期には城下町(今石動町)には町奉行がおかれ、篠島織部清了が職に就いた。


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