最終更新日
2026年4月15日
古代日本の歴史には、表舞台に立つ天皇とは別に、その裏側で国の形を決定づけた存在がいる。
それが『物部氏(もののべし)』『秦氏(はたし)』『藤原氏(ふじわらし)』だ。
軍事・経済・政治。
この3つを担った氏族こそが、日本という国家の骨格を作ったといっても過言ではない。
本記事では、それぞれの役割と「謎」に迫る。
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1.軍事と神祇の担い手『物部氏』
● 役割
・武器の管理(軍事権)
・神事・祭祀(特に武神信仰)
● キーマン
・物部守屋(もののべもりや)
大伴氏(おおともし)と肩を並べる古代軍事氏族として活躍。
真相は定かではないが、「もののふ」とは「もののべ」から因んだ言葉とした説が存在するほどである。
第31代天皇「用明天皇(ようめいてんのう)」の時代、排仏派の「中臣勝海(なかとみのかつみ)」と共に崇仏派の「蘇我馬子(そがのうまこ)」と争いが生まれた。
結果的には、587年(用明天皇2)の丁未の乱(ていびのらん)にて物部守屋が破れ、以降は蘇我氏中心の政治となっていく。
その後、物部氏の系統は「石上」と名乗ったとった伝えられる。
奈良県天理市の「石上神宮(いわそがみじんぐう)』は、その物部氏の総氏神として現在に至る。
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2.経済と技術の担い手『秦氏』
● 役割
養蚕・織物・土木
財政・物流ネットワーク
● キーマン
秦河勝(はたかわかつ)
東漢氏(やまとのあやうじ)と並び有力な帰化氏族である。
平安時代に嵯峨天皇の命により編纂された『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』によると、「秦の始皇帝」の末裔とされる、またその子孫である「弓月君」を祖とするなど、
物部氏と同様に謎多き氏族として知られる。
聖徳太子に仕え才を発揮したととされるが、現在の京都「太秦(うずまさ)」を拠点としていたことからも、重要な役割を担っていたのは事実であろう。
余談ではあるが、九州の薩摩氏も秦氏の末裔として伝わる。
3.政治と権力の頂点『藤原氏』
● 役割
朝廷政治の掌握
摂関政治の確立
● キーマン
藤原鎌足(ふじわらのかまたり)
物部氏、秦氏と比べても正史である「日本書記」には、特に重要な登場人物として実在した氏族である。
その日本書記であるが、陰で藤原氏の影響が大きかったのは事実であろう。
第38代天皇「天智天皇(てんじてんのう)」時代から頭角を表し、近代にいたるまで絶大な権力と影響力を及ぼした名家『藤原氏』の初代として活躍したのが中臣鎌足(なかとみのかまたり)後の『藤原鎌足』である。
特に有名な事件として645年(皇極天皇4)蘇我馬子(そがのうまこ)を討った『乙巳の変(いっしのへん)』がある。
これを機に、鎌足は天智天皇に尽力し後の「大化の改新」などを通して事実上の権力を掌中に治める事に成功した。
奈良県奈良市春日野町の「春日神社(かすがじんじゃ)』は、藤原氏所縁の春日神社の総本社である。
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