①前田利家、尾張荒子に生まれる。

天正三年(1570)、時は戦国末期。

当時の日本はそれぞれの大名が版図拡大に躍起し、関東、甲信越は、武田信玄、上杉謙信、北条氏康、今川義元と天下人たる器量をかね揃えた英雄達が凌ぎを削り、中央である大阪、京都では将軍家である足利家が力を失い、三好、松永など梟雄達が権勢を振るっていた。

また、西日本では四国の長曾我部家、中国の毛利家が各地を統一し、九州では大友家を筆頭に、竜造寺家そして、島津家が九州三国志と語り継がれる戦いを続けている。

そして、尾張(現在の愛知県、名古屋)では天下の風雲児、織田信長が小大名の身から天下人の野望を抱き躍動する。

その信長に仕え、尾張荒子城主となったのが槍の又左こと、前田利家である。

②槍の又左、織田信長の配下として躍進

関東、甲信越戦線が大きく動く。

相甲駿三国同盟、即ち武田信玄、北条氏康、今川義元の同盟が成立。

武田信玄は上杉謙信との決着を重視し、北条氏康は上洛に興味はなく、関東制覇が天下への道と心得る。

そして、今川義元は上洛を開始、西へ向う。

京への道中、そこには尾張、信長の所領が存在する。

今川の大軍は三万とも四万とも噂され、迎え撃つ織田軍は二千。

当然降伏するのが普通である。

しかし、信長は違った。

前田利家も参戦し手柄を立て侍大将に昇進。

この戦い、桶狭間の戦いを機に、信長の勢力は一気に拡大。

中央、そして北国へ侵攻を開始する。


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