①前田利長が中央へ急ぐ

戦国中期までは、一揆軍と一揆征伐軍により激しく拠点争いを繰り返すが、戦国末期となり、小松領主である丹羽領となる。


1600年、関ヶ原の戦いが起きる。
金沢の前田利長は、東軍(徳川家康)に、小松の丹羽長重 は西軍(石田三成)に属することになる。
前田軍が小松攻めする際に本陣となったのが、ここ和田山城であるが、 前田利長は、丹羽軍にまずは降伏するようすすめた。
前田軍としての戦闘スイッチが入ったのは、まさにここであったのは間違いないだろう。そういう意味では、和田山は北陸の関ヶ原を語るには、非常に重要な地なのである。


三道山と呼ばれていた和田山から小松市方面を眺めるのも一興。
また、国指定史跡”和田山古墳群””末寺山古墳群”も一見の価値あり。

小松戦国物語 第1章・嵐の前触れ!和田山着陣を読む

②能美市の和田山城跡

和田山城跡(石川県能見市和田山町)

国史跡「和田山・末寺山古墳群」中に存在した和田山城。
和田山、または、三道山と呼ばれる小高い場所に存在した和田山古墳群には、約60の古墳がその姿を残し、重要は地であったことが伺える。
また、能美市立歴史民俗資料館もあり能美市の歴史スポットでは、一番のお勧めである。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です